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恋愛体験談

3回目の結婚式が終わった夜、私はまだ泣き方を知らなかった

同じ年に友人の結婚式へ3回出席した。毎回笑って祝福して、帰りの電車でひとり喉の奥を締めた。3回目の夜、ホームでセブンのホットコーヒーを飲みながら気づいた。これは焦りなのか、悲しみなのか、もう区別がつかないと。

·橘みあ·6分で読める

3月に一回、7月に一回、11月に一回。


同じ年に友人の結婚式へ三度出席した。私が28歳の年の話だ。


——


3月の式は、鎌倉の古い教会だった。石造りの壁に差し込む午後の光が、花嫁のベールを白く焼いていて、思わず息を止めた。席に座るとき、隣に知らない人がいて、少しだけ体を寄せた。隣の人は私に微笑んで、それだけで私は胸の奥が温かくなった。そういう場所だった。


みほちゃんが入場してきたとき、私は本当に、心から泣いた。作った涙じゃない。学生時代に深夜のファミレスで「好きな人に彼女ができた」と言って泣いていた彼女が、今こんなに晴れやかな顔をしている。それが嬉しかった。


問題は帰り道だった。


鎌倉駅から横須賀線に乗って、東京へ向かう電車の中。ドアのそばに立って、流れる夜の住宅街を見ながら、私は唇をぎゅっと噛んだ。何かがこみ上げてきた。泣いているのか、泣きたいのかもわからないまま、ただ喉が締まっていた。


自分でも意味がわからなかった。さっきあんなに笑っていたのに。


——


7月の式は都内のホテルだった。ヒルトンの宴会場、窓の外に新宿の夜景。さくらの式だった。さくらは私の大学のゼミの友達で、卒業後もたまに渋谷で飲んでいた。彼氏がいるとは知っていたけど、入籍の報告を受けたとき私は「おめでとう」をLINEで送ってから、しばらくスマホを置けなかった。


披露宴の席で、さくらのお母さんが泣きながら言った言葉が、今でも耳に残っている。「この子が幸せになってくれて」と、それだけ言って、あとはうまく声が出なくなっていた。


私も泣いた。本当に泣いた。これも本物の涙だった。


でも。


帰りの丸ノ内線の中で、私は中吊り広告を一枚も見なかった。ただ自分のつま先を見ていた。ドレスの足元に、7月の熱気が残っていた。車内は冷房が強くて、腕がひんやりと冷えていた。


となりに座っていたおじさんが中野で降りた。空いた座席を私はぼんやり見ていた。


何も考えたくないのに、なにか考えていた。


——


11月の式。


これがいちばんきつかった、というのは、後になってわかったことだ。


横浜みなとみらいのウェディング会場。窓から見える夕暮れの海が、オレンジとグレーのあいだで揺れていた。花嫁のゆかりは私の高校からの友達で、20代のほとんどを一緒に過ごした。遠距離恋愛、別れ、また新しい出会い、全部知っている。


入場のとき、バックに流れていたのがStevie Wonderの「Isn't She Lovely」だった。


ゆかりが歩いてくるのを見ながら、私は奥歯を噛んでいた。泣かないようにしていたのか、泣きたくなかったのか、それとも、泣ける気がしなかったのか。自分でもよくわからなかった。


式が終わって、ゆかりに「本当によかった」と言った。ゆかりは「来てくれてありがとう」と言って、私の手をぎゅっと握った。「ねえ、あんたもはやく幸せになってよ」と小さく笑いながら言って、次の人のところへ行った。


その「はやく」という言葉が、電車に乗ってからも頭の中をぐるぐるした。


——


みなとみらい線に乗って、横浜駅で乗り換えた。京急に乗るまでのホームで、私はコンビニに入った。セブン-イレブンのホットコーヒー、Sサイズ。100円。カップを受け取って、ホームのベンチに座った。


夜の11時過ぎ。ホームを吹き抜ける風が冷たかった。ドレスの上にコートを羽織っていたけど、それでも足首が寒かった。


コーヒーを一口飲んだ。


苦かった。


そのとき初めて、私はちゃんと自分に聞いてみた。


これは、何なんだろう。


焦り? それとも、悲しみ?


正直に言えば、区別がつかなかった。ゆかりの「はやく」が刺さったのは、否定できない。28歳で、まわりが次々と結婚していく。その事実を「おめでとう」という言葉でなめらかに包んで、私はこの一年を過ごしてきた。


でも、それだけじゃない気もした。


式のたびに、私は本当に泣いた。本物の涙だった。焦りだけで人は、あんなふうに泣かない。ゆかりが幸せそうに笑っているのを見て、私の中の何かが、ほんとうに揺れた。それは確かだった。


「……わかんない」


声に出てしまった。


誰もいないホームで、私は一人でそう言ってしまった。


コーヒーの湯気が細く立ち上って、すぐに夜の空気に溶けた。


——


今ならわかることがある。


焦りと悲しみは、別々に来ない。


あの夜、私が抱えていたのはたぶん、二つが混ざり合って自分でも名前をつけられなくなったものだった。誰かの幸せに本当に泣けるほど、私はちゃんと人を愛していた。同時に、自分が置いてきぼりにされていく感覚も、確かにあった。その二つは矛盾しない。同じ夜に、同じ胸の中に、ちゃんと両方あった。


それを「焦り」と呼んでしまえばラクだった。「婚活しなきゃ」とか「出会いを増やそう」とか、行動に変換できる。でも、それだけじゃなかった。じゃあ「悲しみ」と呼べばよかったかと言えば、それも何かが違った。


あの夜、横浜のホームで私が感じていたのは、たぶん「まだ自分の番が来ていないことへの、途方もなさ」みたいなものだった。焦りより手前で、悲しみより奥にある、言葉になる前の感覚。


電車が来て、私はコーヒーを最後まで飲みきった。


ホームのゴミ箱にカップを捨てて、乗り込んだ。


座席に座って、窓に映った自分の顔を見た。化粧が少し崩れていた。目の下が、少しだけ滲んでいた。


式で泣いた分だけ、帰りの電車でも泣いていたらしかった。


——


気づいていなかった涙ほど、本物だったりする。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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