背中のファスナーを直してもらった。あの10秒間が、一番ドキドキした瞬間だったかもしれない
Omiaiで出会って1ヶ月。彼の指先が背中に触れたあの10秒間、私は呼吸を止めていた。服の上からだった。それでも、確かに体温があった。
十一月の夜は、思ったより冷たかった。
恵比寿ガーデンプレイスのイルミネーションが、石畳の濡れた部分にぼんやり溶けていた。二次会の会場は駅から少し歩いたビルの三階で、エレベーターを降りると笑い声と音楽が廊下まで漏れてきていた。BGMは誰かがSpotifyで流しているのか、ちょっと古めのJustin Timberlakeだった。
「背中、ちょっといい?」
タイチがそう言ったのは、会場の入口で、私がコートをクロークに預けた直後だった。
「どうしたの?」
「ファスナー、少し下がってる」
鏡がない。自分では確認できない。コートを脱いだ瞬間に下がったのか、それとも式の間ずっとそうだったのか。チャペルでも披露宴でも、誰も言ってくれなかったのか。いや、気づいてくれたのがタイチだけだったのか。どちらにしても、少し恥ずかしかった。
「直してもらえる?」
「うん」
短い返事で、彼は私の後ろに回った。
沈黙。
ほんの少しの間だったけれど、その静けさが妙に長く感じた。廊下の喧騒が遠くなった気がした。Justin Timberlakeの音楽も、どこか遠い場所の話みたいになった。
背中に、指先が触れた。
ファスナーのスライダーを探るような、小さな動き。布越しに感じる体温。引き上げられていく感覚。ワンピースの生地が背骨に沿って引き締まって、私の背中が少しだけ正しい形に戻っていった。
その10秒間、呼吸を止めていた気がする。
止めていた、というより、呼吸の仕方を忘れた、という感じに近かった。胸の真ん中がぎゅっとなって、でもそれが痛いわけじゃなくて、むしろ何か大切なものを両手で包んでいるときみたいな、そういう感触だった。
Omiaiで彼のプロフィールを最初に見たのは、夏の終わりだった。写真は三枚。友人と撮ったものが一枚、旅先らしい山の写真が一枚、そして笑っていない顔の自撮りが一枚。その笑っていない写真が、なぜか気になった。無愛想というより、真剣というか。スマホのカメラを真っすぐ見ている目が、嘘をつかなそうだった。
メッセージのやり取りが始まって、最初のデートは渋谷のカフェだった。向かいに座ったタイチは、写真より少し背が高くて、話すとき少し目を細める癖があった。会話が途切れると慌てて埋めようとせず、ただ静かにコーヒーを飲んでいた。その「埋めなさ」が、居心地よかった。
付き合ってから1ヶ月。
キスはした。手も繋いだ。でも不思議と、背中にファスナー越しに触れられたあの10秒の方が、ずっとずっと、胸に刺さった。
「できた」
「ありがとう」
振り返ると、タイチがすぐ近くにいた。思ったより近くて、一瞬視線がどこに行けばいいかわからなくなった。
「変じゃなかった?」
「ちゃんとしてたよ」
「よかった。見えないから焦った」
「俺が見てるから大丈夫」
さらっと言った。それだけのことなのに、その言葉が耳の奥に留まった。「俺が見てる」。見ていてくれる人がいる、という感覚。私の見えないところを、誰かが見ていてくれる、という安心感は、思いのほか深いところまで届いた。
会場に入った。共通の友人のテーブルに混ざって、乾杯して、誰かの恋バナを笑って聞いて、名前も知らない人とも少し話した。ちゃんと楽しんでいた、と思う。でも指先には、ずっとあの感触が残っていた。薄いワンピースの生地越しに伝わってきた体温。布一枚、たったそれだけの距離の近さ。
夜が深くなるにつれて、会場の空気がじんわり温かくなった。シャンパンの泡が消えていく速度で時間が経った。新郎新婦がケーキを切って、誰かが泣いて、誰かが笑った。結婚式という場所は、他人の幸福を借りて、自分の感情を少し揺らす場所だと思う。揺らされながら、私はタイチの横顔をときどき盗み見ていた。
この人のこと、好きなのかな。
いや、好きだと思う。でも、まだわからない部分もある。1ヶ月って、そういう時間だ。好きと「違うかも」が同時に存在して、どちらかに決められないまま、ただ隣にいる。
それでいい、とも思っていた。その宙ぶらりんな感じが、案外悪くなかった。
帰りは日比谷線で、車内は酔った乗客が何人か座っていた。私たちは並んで立って、つり革を持っていた。膝と膝がときどき触れるくらいの距離。電車がカーブするたびに、少し体が揺れた。
「今日、きれいだったよ」
タイチが、前を向いたまま言った。
少し間があった。窓の外に中目黒の駅が流れた。
「背中のファスナーが下がってたのに?」
「それも含めて、きれいだった」
また前を見ていた。こちらの顔を見なかった。その「見ない」加減が、なんか、ずるかった。視線を逸らしたまま言うから、否定もできないし、からかうこともできない。ただその言葉を、静かに受け取るしかなかった。
駅のホームで、改札を抜けてから、夜の空気の冷たさが戻ってきた。十一月の風が首筋をなでた。背中のファスナーはもう、ちゃんと閉まっていた。
あとから思う。あの10秒間に詰まっていたものは何だったのか、と。緊張でも、恥ずかしさでも、ときめきでもある。でも一番正確に言うなら、「見ていてくれる人がいる」という、その発見だったと思う。自分では見えない場所を、誰かが静かに見ていてくれる。それがこんなに胸に響くとは、知らなかった。
見えないところを、誰かに見てもらえる日が来るとは、思っていなかった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。