Omiaiで収入証明を出した男性5人に会った。証明があっても嘘だった1人
Omiaiの年収証明済みバッジは信頼できるのか。31歳の私が収入証明を出した男性5人と実際に会って、4人は誠実だった。でも1人だけ、証明の意味を疑うような人がいた。証明書が保証するものと、しないもの。
「年収証明あり」のバッジを信じた。
Omiaiを始めて2ヶ月目。31歳、メーカーの経理をやっている。結婚を意識して始めたアプリだから、条件面もちゃんと見ていた。年収は気にする。気にしないと言ったら嘘になる。生活が成り立つかどうかの話だから。
年収証明を提出した人のプロフィールには小さなバッジがつく。「この人は少なくとも自己申告の年収に嘘はない」。そう思っていた。
3ヶ月間で、年収証明済みの男性5人と会った。
1人目:品川のレストランで会った商社マン
34歳、年収800万円台。品川のイタリアンで待ち合わせた。スーツ姿で来て、「仕事帰りでごめんなさい」と言った。注文はスムーズで、ワインの知識もあった。
話していて感じたのは、年収と人柄が一致している安心感だった。無理に見栄を張っている感じがない。「忙しいけど楽しい仕事」と言い切れる人だった。会計は「ここは出すよ」と自然だった。
2回目のデートにも行った。結局、恋愛感情が湧かなくて3回目はなかったけど、誠実な人だった。
2人目:恵比寿のカフェで会ったITエンジニア
32歳、年収700万円台。恵比寿のカフェで日曜の昼に会った。私服はシンプルで清潔。話し方は少しぎこちなかったけど、誠実さが伝わってきた。
「収入証明、出しましたけど、あれ出すの恥ずかしいですよね」と彼が言った。
「え、なんでですか?」
「年収を売りにしてるみたいで。でも出さないと信用されないかなと思って」
正直でいい人だと思った。手が少し震えていた。コーヒーカップを持つとき、指先が揺れているのが見えた。緊張しているんだ。その緊張が、逆に信用できた。
3人目と4人目:普通にいい人たち
3人目は新宿のカフェで会った35歳の公務員。4人目は表参道のレストランで会った33歳の広告マン。二人とも収入証明済みで、二人とも普通にいい人だった。特別なエピソードはない。普通にいい人、というのが一番の褒め言葉かもしれない。
会話の端々に仕事への自負があって、収入に見合った生活をしている人たちだった。4人に共通していたのは「年収の話を自分からしない」ことだった。証明を出しているからこそ、言う必要がない。数字が人柄を代弁してくれている。
5人目:六本木のバーで会った「年収1000万」の男
5人目で、空気が変わった。
36歳、年収1000万円台。プロフィール写真はスーツ姿で、六本木のバーを指定してきた。
「俺、収入証明出してるから安心でしょ?」
開口一番にそう言った。みぞおちのあたりがざわっとした。安心でしょ、と言われると逆に不安になる。
席に着くなりブランドの話が始まった。時計、靴、車。自分の持ち物の値段を会話に織り込んでくる。「この時計、去年買ったんだけど」と腕を見せてくる。
収入証明が「年収の嘘がない」ことを保証していても、「人柄」は保証しない。当たり前のことだけど、5人目で思い知った。
「○○さんは貯金どれくらい?」
初対面で貯金額を聞いてきた。喉の奥がつまった。
「え、初対面でそれ聞きます?」
「だって結婚考えてるんでしょ?大事じゃん」
大事かもしれない。でも初対面のバーで聞く質問じゃない。胃が重くなった。
そのあとも会話の端々に「俺の年収ならこれくらいは」「同年代と比べたら」という比較が入ってきた。30分経ったあたりで、トイレに立って鏡を見た。自分の顔が疲れていた。
1時間で「今日は帰ります」と言った。
「え、もう?まだ1杯しか飲んでないよ」
「明日朝早いので」
嘘をついた。明日は休みだった。でも嘘をつかないとこの席を立てなかった。
帰り道、六本木の交差点で思ったこと
六本木の交差点を渡りながら、スマホを握りしめていた。
年収証明は「年収が本当である」ことだけを証明する。それ以上でもそれ以下でもない。当たり前すぎて、忘れていた。
5人のうち4人は、証明があってもなくても誠実な人だった。証明はおまけだった。1人は、証明を武器にしていた。「俺は証明出してるから」が免罪符になっていた。
証明書が保証しないもの
あの5人と会って学んだことがある。
年収証明は、書類の真正性を保証する。年収欄に嘘がないことは分かる。でも以下のことは保証しない。
相手が見栄っ張りかどうか。お金の価値観が合うかどうか。初対面で貯金額を聞いてくるような人かどうか。年収を自分のアイデンティティにしている人かどうか。
逆に言えば、証明がなくても誠実な人はたくさんいる。2人目のエンジニアは「出すの恥ずかしい」と言っていた。あの照れ方に、人柄が出ていた。指先の震えに、嘘のなさが出ていた。
収入証明バッジは参考情報のひとつでしかない。最終的に信じるのは、カフェで向き合ったときの空気感だ。声のトーン、視線の動き、相槌のタイミング。書類では測れないものばかり。
5人に会って、私が一番信用したのは恵比寿のカフェで手が震えていたエンジニアだった。年収の額じゃなく、コーヒーカップを持つ指先の揺れを、私は信じた。
あの六本木のバーの夜を思い出すと、今でも胃が重くなる。「安心でしょ?」という声が耳に残っている。安心かどうかは、証明書じゃなくて、私が決める。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。