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恋愛体験談エッセイPairs

初めて彼の家に泊まった朝。洗面台に歯ブラシが2本並んでいた

Pairsで出会って3ヶ月。初めて彼の家に泊まった翌朝、洗面台に並んだ2本の歯ブラシを見つけた。1本は彼の青い歯ブラシ。もう1本はピンクだった。問い詰めるか、見なかったことにするか。

26歳・女性の体験
·橘みあ·6分で読める

朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。


彼のワンルーム、中目黒の築8年のマンション。ベッドの上で目が覚めて、隣を見た。彼はまだ寝ていた。寝息が規則正しい。肩が布団から少しだけ出ていて、呼吸に合わせてゆっくり動いている。


26歳。Pairsで出会って3ヶ月。5回目のデートで初めて彼の家に泊まった。


顔を洗いたくて、そっとベッドから降りた。フローリングがひんやりして、つま先がきゅっと縮んだ。洗面所に向かった。


蛇口をひねる前に、歯ブラシスタンドが目に入った。


青い歯ブラシ。彼のだ。その隣に、ピンクの歯ブラシ。


2本目の歯ブラシ


心臓が跳ねた。どくん、と一回大きく打って、そのあと早くなった。


ピンクの歯ブラシ。新品じゃない。毛先が少し開いている。使い込んだ歯ブラシ。


「彼女用に新しいのを買ってくれたのかも」——違う。新品じゃないんだから。じゃあ誰の。


手が震えた。蛇口をひねったまま、水が流れている音だけが聞こえる。鏡に映る自分の顔が、白くなっていた。


考えろ。落ち着いて考えろ。


可能性は3つある。元カノが置いていったもの。姉か妹が泊まりに来たときのもの。今も別の女性が来ているもの。


どれもありえる。どれも確証がない。


水で顔を洗った。冷たい水が目の周りに当たると、少しだけ頭がクリアになった。タオルで拭きながら、もう一度歯ブラシスタンドを見た。やっぱりピンクだった。夢じゃない。


聞くか、聞かないか


リビングに戻って、ソファに座った。彼はまだ寝ている。


スマホを見た。7時23分。友達のアヤに相談したかった。でもこの時間に「彼の家に歯ブラシが2本あった」と送るのは重すぎる。


頭の中で何度もシミュレーションした。


パターンA:直接聞く。「洗面台のピンクの歯ブラシ、誰の?」。彼が動揺したら黒。平然と答えたら白。でも嘘がうまい人は平然と答える。


パターンB:聞かない。見なかったことにする。でもこのまま付き合い続けて、あの歯ブラシのことが頭から離れなくなったら? 毎回泊まるたびにあのピンクを見るのか。


パターンC:さりげなく探る。「歯ブラシ借りていい?」と聞いて、彼の反応を見る。


胃がきりきりした。昨日の夜は幸せだった。彼の腕の中で眠って、安心していた。それが、歯ブラシ1本で全部揺らいでいる。


彼が起きた


「おはよう」


彼がベッドの上で伸びをしながら言った。寝起きの声が少しかすれている。


「おはよう。顔、洗ってきた」


「早いね。コーヒー淹れるよ」


彼がキッチンに立つ後ろ姿を見ていた。Tシャツとスウェットパンツ。冷蔵庫を開けて牛乳を出す。コーヒーメーカーのボタンを押す。日常的な動作がひとつひとつ目に入る。


この人が嘘をつく人かどうか。3ヶ月間のデートで見抜けなかったのか、それとも嘘をついていないのか。


「ねえ」


口が先に動いた。


「ん?」


「洗面台にさ、歯ブラシ2本あったんだけど」


言ってしまった。パターンAを選んだ。というか、我慢できなかった。喉の奥から勝手に出てきた。


彼の手が一瞬止まった。コーヒーメーカーのボタンを押したまま、振り向いた。


「あー……」


「あー」の長さが気になった。0.5秒の「あー」は思い出そうとしている。2秒の「あー」は考えている。彼のは1秒くらいだった。


「それ、妹の。先月泊まりに来たんだよね。捨て忘れてた、ごめん」


信じるかどうか


妹。


彼には2歳下の妹がいることは聞いていた。埼玉に住んでいて、たまに東京に来るとき泊まることがあると。


「そうなんだ」


平静を装った。声は震えていなかったと思う。


「ごめん、捨てるね」


彼は洗面所に行って、ピンクの歯ブラシをゴミ箱に捨てた。ゴミ箱に落ちる軽い音がした。それで終わり。


終わり、なのか。


コーヒーを受け取った。マグカップが温かい。両手で包んで、湯気を見つめた。


信じたい。信じたいけど、100%は信じきれない。妹かもしれないし、元カノかもしれないし、別の誰かかもしれない。歯ブラシを捨てたことが「証拠隠滅」なのか「本当に忘れてただけ」なのかも、わからない。


アヤに相談した


昼過ぎに彼の家を出て、中目黒の駅に向かう途中でアヤに電話した。


「歯ブラシ?」


「ピンクの。使い込んでた」


「妹って言ったの?」


「うん」


「……微妙」


「だよね」


「でもさ、本当に妹かもしれないじゃん」


「そうなんだよ。だからわかんない」


「他に怪しいとこは?」


考えた。LINEの返信は早い。デートの頻度は週1。ドタキャンはない。他の女性の匂いがしたこともない。歯ブラシ以外に、怪しい点は思い当たらない。


「ないんだよね」


「じゃあ信じとけば。疑いだしたらキリないよ」


アヤの言葉は正しいと思った。でも正しいことと、心が落ち着くことは別だ。


今、付き合って5ヶ月目


あれから2ヶ月経った。付き合って5ヶ月目。


あの日以来、彼の家に泊まるたびに洗面台を確認している。歯ブラシは1本だ。いつも彼の青い歯ブラシだけ。


その1本を見るたびに安心して、同時に、確認している自分が嫌になる。信じているなら確認しなくていいはずだ。確認しているということは、まだ信じきれていないということだ。


彼には言っていない。「まだ気にしてる」とは言えない。言ったら「まだそれ引きずってるの」と思われるかもしれない。思われたくない。でも引きずっている。


中目黒の駅を通るたびに、あの朝のことを思い出す。冷たいフローリング。水の音。ピンクの歯ブラシ。


信じたい気持ちと、確認したい気持ちが、ずっと隣り合わせにいる。たぶんこれは、答えが出る種類の問題じゃない。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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