100人とマッチして、1人も会いたくなかった月。中目黒のアパートでアプリ疲れの底を見た
Pairsで100人とマッチした。メッセージも来た。でも1人も会いたくならなかった。疲れているのはアプリじゃない。「選ばれる側」でい続ける自分に疲れていた。
11月の日曜日、中目黒のアパートのベッドで、Pairsの通知を3件無視した。マッチした相手からのメッセージ。名前も顔も覚えていない。
その月、100人とマッチしていた。数字だけ見れば順調だ。29歳、商社の営業事務、写真は友達に撮ってもらったお気に入り。いいねは週に30件くらい来ていた。プロフィールの反応率は悪くない。
でも、誰にも会いたくなかった。1人も。
スマホを開くのがしんどい
最初に異変に気づいたのは、朝の通勤電車だった。東横線の中目黒から渋谷。8分。いつもならその8分でPairsを開いて、新しいいいねを確認して、気になる人にメッセージを返していた。
その日、アプリのアイコンを見た瞬間、指が止まった。開きたくない。正確に言うと、開いたあとに表示される顔写真の羅列を見たくない。スクロールして、右にスワイプして、メッセージを考えて、返して。その一連の動作が、仕事の処理案件と同じに見えた。
代わりにSpotifyを開いて、あいみょんの「マリーゴールド」をリピートした。渋谷に着くまでの8分間、目を閉じていた。
「選ばれる側」の消耗
友達のユキに相談した。目黒川沿いのスタバで、アイスのソイラテを頼んで、「なんか最近アプリ開けないんだよね」と言った。
ユキは半年前にPairsで彼氏ができた側の人間だ。「え、100人もマッチしてるのに? 贅沢じゃない?」
贅沢なのは分かっている。分かっているから余計にしんどい。100人マッチして会いたい人がゼロなんて、自分がおかしいのかもしれない。
帰り道、目黒川沿いを歩きながら考えた。私が疲れているのは、アプリそのものじゃない。「この人にどう見られているか」を常に考え続けることに疲れている。
写真を選ぶとき、「この写真なら好印象かな」と考える。自己紹介文を書くとき、「重すぎないかな、軽すぎないかな」と考える。メッセージを返すとき、「この返信速度は適切かな」と考える。全部、相手の目線。自分がどうしたいかじゃなくて、自分がどう見えるか。
半年間、ずっと「選ばれる側」をやっていた。選ぶ側のつもりでスワイプしているのに、実際は「選ばれるように自分を調整する側」だった。それに気づいたら——ああ、「ふと思ったら」を使ってしまった。気づいたんじゃない。目黒川の水面をぼんやり眺めているときに、腹の底からじわっと込み上げてきた感覚だ。
2週間、アプリを開かなかった
通知をオフにした。アンインストールはしなかった。ホーム画面の3ページ目に移動しただけ。
2週間、誰ともやりとりしなかった。メッセージが溜まっていくのは分かっていた。返信しない私に見切りをつけて離れる人がいるのも分かっていた。でも、それでいいと思った。
2週間の間にやったこと。土曜日に中目黒のツタヤで本を3冊買った。日曜日に1人で代官山を歩いた。平日の夜にNetflixで是枝裕和の「万引き家族」を観て泣いた。誰のためでもない時間を過ごした。
「贅沢」と言われることの苦しさ
100人マッチして誰にも会えない。これを友達に話すと、高確率で「贅沢だね」と言われる。ユキにも言われたし、会社の同期にも言われた。
贅沢なのは分かっている。マッチしない人からしたら、100人は羨ましい数字だろう。でも「贅沢」と言われるたびに、「じゃあ私は何が不満なんだろう」と自分を責める循環に入る。
中目黒の部屋で、天井を見ながら考えた。不満じゃない。疲れているんだ。100人の顔写真をスクロールするたびに、「この人は自分を気に入ってくれるだろうか」と無意識に計算している。その計算の積み重ねが、重い。
母に電話で「最近どう?」と聞かれたとき、「元気だよ」と答えた。「彼氏は?」と聞かれて、「いないよ」と答えた。「アプリやってるんでしょ? 早く見つけなさいよ」。電話を切ったあと、スマホをベッドに投げた。投げてから、画面が割れてないか慌てて確認した。
戻ったけど、使い方が変わった
3週目にアプリを開いた。溜まっていたメッセージは17件。半分は「お返事ないので退会します」系だった。そりゃそうだ。
でも開いたときの気分が前と違った。100人のマッチを全部消した。未返信のメッセージも全部アーカイブした。ゼロにした。
そこから、週に3人だけ見るようにした。3人以上は見ない。いいねも週に2回しか押さない。返信は1日1回。ルールを決めた。
「それで出会えるの?」と聞かれたら、分からない。まだ誰とも会っていない。でも、スマホを開くときに胃がきゅっとならなくなった。それだけで、今は十分かどうかも分からないけど、少なくとも前よりは呼吸ができている。
ユキに「最近どう?」と聞かれて、「週3人しか見てない」と言ったら、「え、少なっ」と驚かれた。ユキにとっては少ないのかもしれない。でも私にとっては、これがちょうどいい。
100人のときは、顔と名前が一致しなかった。3人にしたら、一人ひとりの自己紹介文をちゃんと読むようになった。趣味のところに「散歩」と書いてある人の散歩が、どこの散歩なのか気になるようになった。その感覚を取り戻せたなら、疲れた期間にも意味があったのかもしれない。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。