withで元カレのプロフィールを見つけた夜、私はスワイプできなかった
別れて4ヶ月。マッチングアプリで偶然見つけた元カレのプロフィールに、指が止まった。左も右も押せないまま、画面の前で1分間だけ、ちゃんと終わっていなかった何かに向き合った夜。
土曜の夜11時。
部屋の照明を落として、ベッドに寝転がったまま、withのカードをスワイプしていた。25歳、一人暮らし、フリーランスのライター。別れてから4ヶ月が経って、「そろそろ動いてみようか」くらいの、どちらかといえば義務感に近い気持ちで、久しぶりにアプリのアイコンを押したところだった。
部屋は静かだった。外から、たまに車の音。渋谷から少し離れたこのエリアの夜は、思ったより静かで、それがいつも少し、心細い。
別れた経緯は複雑じゃない。いつの間にか、二人の間の空気が変わっていた。声のトーンが少しずつ変わって、会っているのに会えていない感じが続いて、ある夜、代官山の小さな居酒屋で話し合った。お互い泣いた。「ここまでかな」って、二人で言った。納得していた。少なくとも、その時は。
スワイプ。スワイプ。次。次。
自営業の男性。笑顔がいい。でも、なんか違う。スワイプ。
BGMがわりに流しっぱなしにしていたSpotifyのプレイリストから、知らないアーティストのスローな曲が流れてきた。音量が低くて、でもやけにクリアに聞こえる。冬に向かう夜特有の、空気の締まり方。
次のカードが表示された。
指が、止まった。
知っている顔だった。
ショートカットで、少しだけ髪が伸びていた。でも間違いなく、知っている顔。目の形。口元の笑い方。頬の右側のかすかなえくぼ。プロフィール名は表示名で本名じゃないけど、写真は本人だった。
元カレだった。
中村拓。1年半、付き合った人だった。
スマホを持ったまま、体が固まった。3秒か、10秒か、わからない。心臓が一拍、変なリズムを打った。
どうする。
左にスワイプすれば「興味なし」になる。右にスワイプすれば「いいね」になる。withにはそのどちらでもない選択肢が、存在しない。
ただ、画面を見ていた。
拓は外で撮った写真を使っていた。背景が緑っぽい。公園か、どこかの遊歩道か。一人で撮っていた。白いTシャツに黒いジャケット。去年の誕生日に私が渋谷のユナイテッドアローズで選んで送ったジャケットだった。まだ、使っているんだ。
胸の奥で何かが、ぐっと縮んだ。
プロフィール文を読んだ。「都内でデザイン系の仕事をしています。週末は料理か映画か。ゆっくり話せる人と出会えたら」と書いてあった。
「ゆっくり話せる人」。
その言葉に、指が止まる。
私たちの最後の方は、ゆっくり話せなかった。お互い忙しくなって、会うたびにどこか上の空で、拓はいつも少し疲れた顔をしていて、私はそれに気づかないふりをして、気づいていないわけじゃなくて、でも踏み込むのが怖くて。「最近どう?」って聞くくらいしかできなかった。その問いかけも、どこかに消えていくような夜が続いた。
「ゆっくり話せる人を探していたのは、むしろ私の方だったかもしれない。」
——それが怖くて、目を逸らしていた。
わかってる。もう関係ない人だって。
わかっているのに、指が動かなかった。
左に弾いたら「拒否した」みたいな気がした。右に弾いたら「まだ引きずってる」って、自分に認めることになりそうで嫌だった。どちらも正確じゃない。でも、どちらでもない場所に指を置いたまま、ただ画面を見ていた。天井も見た。また画面を見た。
「好き」ではないと思う。たぶん。でも完全に「違う」とも言い切れない、あの感じ。好意とも後悔とも呼べない、名前のない感触が、胸と喉の間あたりで、じっとしていた。
1分くらいが過ぎたと思う。
アプリの画面が切り替わった。「あなたへのおすすめ」の文字の下に、別の顔が表示された。拓のカードは消えていた。時間切れなのか、システムの仕組みなのか、わからない。ただ、自動的に流れていった。
私がスワイプしないまま、画面の向こうに消えた。
ほっとした。同時に、ちょっとだけ、息が浅くなった。
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その矛盾を、しばらく天井に向けて放置した。
アプリを閉じた。スマホをそのまま枕の下に押し込んで、布団を頭まで引き上げた。部屋の空気が少し冷たかった。Spotifyの曲は変わらず流れていて、今度は知っているアーティストの曲だった。何年か前によく聴いていた曲。あの頃は拓と付き合う前で、私はもっと雑に生きていた気がする。
「ゆっくり話せる人」という言葉が、頭の中でもう一度鳴った。
そうか、と思う。拓が探しているものを、私たちはお互いに相手に提供できていなかった。それだけのことだった。誰かが悪いわけじゃなくて、ただ、タイミングと余裕が、嚙み合わなかった。代官山の居酒屋で泣きながら納得したこと、あれはちゃんと正しかった。
なのに、指が止まった。
たぶん、ジャケットのせいだ。あのジャケットをまだ着ていたせいだ。拓が誰かに「いいね」を押されているかもしれないこの夜に、私が誕生日に選んだジャケットを着た写真がどこかのサーバーに残っていて、知らない人たちの画面を流れていくことの、奇妙な感触。
悲しくはない。でも、胸の真ん中あたりが、静かに重い。
もう一度アプリを開こうかと思って、開かなかった。
今夜はもういい。
続きはまた明日。そのうち、ちゃんとスワイプできるようになる。右か左かは、そのとき決める。
終わりにちゃんとけりをつけた恋でも、思い出は向こうから流れてくる。こっちのペースなんて、関係なしに。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。