恋のアーカイブ
恋愛体験談

既読がついた3秒後、私はもう次のことを考えていた

送信ボタンを押した瞬間から、スマホを5分ごとに確認していた夜がある。返信を待つ30分間の体の変化を、今さら正直に書く。

·橘みあ·6分で読める

渋谷の東急ハンズで買ったグレーのブランケットを膝にかけて、私はソファの端に座っていた。夜の11時過ぎ。テレビはつけていたけど、何も見ていなかった。


LINEを送ったのは、11時07分。


「今日のあれ、笑えたね」


それだけ。たった10文字。でも打ち直したのは4回で、最初は「今日楽しかった」だったし、一度は絵文字をつけてやめた。送信ボタンを押した瞬間、胃のあたりがぎゅっとなるのがわかった。物理的に、本当に。


5分後に確認した。未読。


まあそうだよね、と思いながら、テレビのリモコンをいじった。King Gnuの「白日」がどこかから聴こえてくる気がして、でもそれは自分の頭の中の音だった。


もう5分。まだ未読。


ここから、変な計算が始まる。今この時間、彼は何をしているか。風呂かもしれない。もう寝てるかもしれない。でも昨日の夜中1時に返信してきたじゃないか。じゃあ起きてる。起きてるのになぜ。あ、でも他の人と話してるのかも。誰と。女の子かも。いや、それはわからない。わからないのにもう心臓が——


やめよう、と声に出して言った。


自分の声が部屋に吸い込まれた。


既読がついたのは11時29分だった。


画面を開く前に一瞬、目を閉じた。なぜか。なぜ目を閉じたのか、今でも少しわからない。覚悟、みたいなものだったと思う。22文字の「今日のあれ、笑えたね」に、既読という2文字がついただけなのに。


既読。


心拍が上がるって言葉、リアルだな、と思ったのはこの夜だった。比喩じゃなくて、首筋のあたりまで何かが上がってくる感じがする。耳が少し熱くなる。部屋の温度は変わっていないのに、ブランケットを少しよけた。


返信は来なかった。


1分、2分、5分。既読がついてから10分が経過した。既読無視という言葉が頭をよぎって、でも違う、まだ10分だ、と打ち消した。スマホを伏せて、冷蔵庫から麦茶を出してきた。コップに注ぎながら、手が少し震えているのがわかった。震えてる、と気づいたとき、自分でも少し引いた。麦茶をこぼした。


SNSを開いた。閉じた。スマホのロック画面を見た。通知なし。また伏せた。


15分が経過したとき、体の変化が第二段階に入った。心拍が落ち着く代わりに、今度は体全体がじわじわと重くなってくる。さっきの焦りが冷えて、固まって、沈殿していく感じ。ソファの背もたれに体を預けた。さっきより深く。


「なんで送ったんだろ、あんなの」


また声に出た。


今日楽しかったって言えばよかったのか。でもそれも怖かった。直接すぎて。「今日のあれ、笑えたね」がちょうどよかったはずなんだ。距離感的に。温度感的に。——温度感って何。私は何の計算をしていたんだろう。


30分が経った。


不思議なことに、30分を超えると少し落ち着く。どこかで諦めのようなものが来て、体が省エネモードに切り替わる。もう今夜は来ないかもしれない。それはそれで、寝ればいい。そう決めた瞬間に、通知が来た。


ブルっと震えた。スマホが。私の手の中で。


彼からだった。


画面を開いた。


「ほんとw あのくだりひどかったよな」


——


読んだ。もう一度読んだ。


「ほんとw あのくだりひどかったよな」


それだけだった。


普通だった。本当に、普通の返信だった。絵文字ひとつ、「w」ひとつ、16文字。これは会話の続きで、脈ありでも脈なしでもなくて、ただの「返信」だった。あの30分間、私が頭の中で展開していたものとは、全然関係のない16文字。


おかしかった。


笑いが出た。声に出て。麦茶のコップを持ったまま、一人でソファで笑った。これで一喜一憂してたのか、と思ったら、笑うしかなかった。震えてた手が、麦茶をこぼした手が。


返信した。「ほんとに、最悪だったw」


送信して、スマホを置いた。今度はすぐに伏せなかった。


翌朝、友達に話した。代官山の蔦屋書店のカフェで、彼女はアイスラテを飲みながら「わかりすぎる」と言った。「私なんか5分どころか2分で見てたよ、しかも3日間」。笑った。二人で笑った。


あの夜の30分間、私は何に震えていたんだろうと今でも思う。彼に、じゃない。返信が来ない、という事実に、でもない。たぶん、自分が「どう思われているか」という、答えの出ない問いに——体ごと飲み込まれていた。たった10文字を送っただけで、それだけのものを背負っていた。


好きってそういうことなのかもしれない。自分の体が自分の制御から外れていく感覚。麦茶をこぼすくらいの、ちょうどそのくらいの。


結局あの人とどうなったかは、また別の話。でもあの夜のことを思い出すたびに、少しだけ自分のことが好きになる。そんなに震えられたんだな、と。


スマホを5分ごとに確認できるくらい、誰かのことを考えていた夜が、ちゃんとあった。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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