梅雨の1ヶ月半だけ、あなたの傘に入っていた私たちのこと
6月の恵比寿で始まり、7月の晴れた空の下で終わった。雨の匂いと赤ワインとあの距離感が、今でも梅雨になるたびに胸の奥を締めつける。
6月の第2週、東京は本降りだった。
仕事帰りの電車の中で、ホームの照明が窓ガラスに滲んでいた。イヤホンから流れる音楽も耳に入らないまま、スマホを開いた。アプリの通知。マッチング成立。プロフィールの写真は3枚、自己紹介は短め。よくある感じだな、と思いながらスクロールした。
でも最初のメッセージで、止まった。
文章のテンポが独特だった。返してきた一文の末尾に、変なタイミングで「(笑)」が入っていた。「え、そこで笑うんだ」という感覚。答えに詰まるより先に、また打ち返したくなる。画面を閉じたのに、また開いた。そういう人だった。
待ち合わせは恵比寿。改札を出たところで、傘が何本も交差していた。
人の傘がぶつかって、謝る声が飛び交っている。その中で彼女を見つけた。灰色のコートに、濡れた前髪。「どこ行きますか」「どこでもいいですよ」というやりとりをしながら、雨の中を走った。ヒールが水を蹴って、スカートの裾が濡れた。それを気にする間もなく、笑っていた。なんで笑っていたんだろう。わからない。でも走りながら笑っていた。
適当に飛び込んだイタリアンが当たりだった。
恵比寿の路地の奥、階段を上がった先にある小さい店。窓が雨で曇っていて、外の景色がぼんやりとしか見えなかった。赤ワインを一杯ずつ頼んで、グラスを合わせた。どちらから言い出したかも覚えていない。乾杯した。
笑いが止まらなかった。
彼女が話すことの着地点が、毎回少しだけ予測と違う。「あ、そっちに行くんだ」という驚きが、会話のたびに続いた。グラスを持ったまま、つい前傾みになっていた。声を抑えようとして、抑えきれなくて、手で口を押さえた。帰る頃にはワインで頬が熱くなっていて、外の雨がかえって気持ちよかった。
梅雨の1ヶ月半、週に1〜2回、会った。
雨の日が多かったから、必然的に室内が増えた。渋谷のユーロスペース、高円寺の古本屋、下北沢のジャズバー。映画の帰りに感想を言い合って、本屋で背表紙を眺めて、バーでオルタナティブジャズが流れる中でグラスを傾けた。そういう夜の積み重ね。
外に出ると、雨に濡れた草と土の匂いがした。
東京にいるのに、その匂いだけが妙に生々しかった。アスファルトと雨と、植え込みの緑。その匂いを嗅ぐたびに、「また雨か」じゃなくて「また会える」と思うようになっていた。いつから変わったのか、気づいた時にはそうなっていた。
「傘、貸しましょうか」と言ったとき、「いいですよ、一緒に入ります」と返ってきた。
一本の傘に入った。肩が触れる距離。少しだけ体を傾けると、確実に触れた。触れないように歩こうとは思わなかった。ただ、その距離が当たり前になっていった。一本の傘、隣の距離、会話の途切れた後の沈黙、雨の音。全部がセットになって、あの1ヶ月半を作っていた。
それが続くと思っていた。続けばいいと思っていた。
7月の終わり、急に晴れた。
恵比寿のカフェのテラス。空が青くて、影が濃くて、はっきりしすぎていた。初めて外のテーブルに座った。アイスコーヒーに差し込まれたストローを触りながら、「夏、どこか行きたいですね」なんて話を何となくしていた。その途中で、彼女が言った。
「この感じ、長続きしないと思うんですよね」
唐突すぎて、意味を理解するまで数秒かかった。グラスを持ったまま、動けなかった。冷たさだけが掌に残っていた。
「どういうこと」
「なんとなく、季節が変わる感じがして」
奥歯を噛んだ。「季節が変わる感じ」は、彼女の言い方だとすぐわかった。うまく言語化できていなかったんだと思う、彼女自身も。でも言いたいことは伝わった。梅雨が終わったら、私たちも変わる、という予感。それを晴れた空の下で、二人で確認していた。
言い返せなかった。
「違う」とも言えなかった。言ったところで、変わらない気がした。彼女が感じていた「何か」は、私の中にもあった。どこかで薄々わかっていた。雨のない日、室内じゃない場所、まぶしい光の下で二人でいると、何かが少しずつ噛み合わない感じがあった。でも見ないようにしていた。雨が降っている間は、見なくてよかったから。
恵比寿の路地から出たとき、空が本当に青かった。晴れているのに、胸のあたりが重かった。ずっと晴れていてほしい季節に、どうしてこんなに息苦しいんだろうと思った。
あれから、梅雨になるたびに彼女のことを思い出す。
雨の日に外を歩くと、あの傘の中の距離がよみがえる。ワインの入ったグラス越しに笑う顔。高円寺の古本屋でほこりの匂いがした棚の前に立っていた横顔。下北沢のバーで流れていたピアノの音。どれもはっきり思い出せる。晴れた日の彼女の顔は、なぜかぼんやりしている。
私たちは、雨と一緒にあった。
晴れた空の下でどうすればいいかを、二人とも知らなかったのだと思う。傘が必要ない日の距離感を、練習できていなかった。梅雨が育てた何かは、梅雨が終わると同時に輪郭を失った。それが寂しくないかと言えば嘘になる。今でも、雨の匂いがするたびに少し胸が詰まる。
でも、あの梅雨は好きだった。
後悔より先に、そう思う。雨の日だけ成立する恋があったとしても、あの1ヶ月半は確かに存在した。グラスを持つ手の冷たさも、傘に入った距離も、笑いながら走った恵比寿の路地も、全部本物だった。
季節限定だったから、偽物だったわけじゃない。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。