喧嘩もなく、浮気もなく、コーヒーを飲みながら別れた話
最後はドトールだった。憎しみも未練も叫びもなく、ただ二人でブレンドコーヒーを飲みながら「もう終わりにしよう」と言い合った。あの静かさが、一番つらかった。
最後の日のことを、人に話すのが難しい。
「別れたの? なんで?」と聞かれると、答えに詰まる。喧嘩がひどかったわけじゃない。浮気があったわけでもない。ただ、終わりにした。二人で、静かに。
ShoくんとはPairsで出会った。28歳の冬に登録して、翌月にマッチした。1回目のデートで話が途切れなくて、2回目のデートで手が触れて、3ヶ月後に付き合った。1年と2ヶ月、一緒にいた。
問題があったとすれば、問題がなさすぎた、ということかもしれない。
喧嘩は月に1回くらいあった。でも激しくない。お互い声を荒げない。冷静に話して、冷静に解決して、翌日には普通に戻っている。良い関係、という言葉が浮かぶ。でもどこかで「これが好きな人と過ごすということなんだろうか」という疑問がくすぶっていた。
Shoくんのことは好きだった。今でも好きだったと思う。でもこの人と結婚するとは思えなかった。5年先、10年先に、隣にいる人の顔を想像しようとして、その顔がShoくんじゃなかった。
それをいつから感じていたのか。わからない。でも夏を過ぎた頃には、うっすらとあった気がする。
言い出したのは私だった。
11月の土曜の午後。Shoくんと待ち合わせた場所は、いつもの恵比寿じゃなくて、中目黒のドトールだった。意図したわけじゃないけど、チェーンの、何でもない場所を選んだ。
ブレンドコーヒーのMサイズを二つ頼んだ。いつもShoくんが頼む。今日も同じだった。
「話したいことがあって」
「うん」
すでにわかってたんだと思う。来る前から。Shoくんは驚かなかった。コーヒーのカップを両手で持ったまま、こっちを見ていた。
「私、この先のこと、ちゃんと一緒に考えられないなって思って」
「……どのくらい前から?」
「夏くらいから、少し」
「言えなかった?」
「うん……。言えなかった。ごめん」
Shoくんは少しの間、コーヒーを見つめていた。外では銀杏が黄色くなっていた。
「俺も、薄々気づいてた」
「え」
「なんか、最近のあなたが遠かった気がして。気のせいかと思ってたけど」
遠かった、という言葉が、予想外に刺さった。気づいていたんだ。気づいていて、何も言わずにいてくれたんだ。その優しさが、一番困った。
「怒ってる?」
聞いたら、Shoくんは少し考えて、「怒ってない」と言った。
「……あなたが言い出してくれてよかったと思う。俺には言えなかったから」
「なんで?」
「あなたが傷ついたら嫌だから、かな」
傷つくのは私の方なのに、私を傷つけたくなかったというその言葉が、どうしても引っかかった。この人は最後まで優しい。だから難しかったんだと、今になってわかった。
コーヒーが冷めた。窓の外で自転車が走っていった。ドトールの店内に有線が流れていた。松任谷由実の古い曲。
「元気でいてください」
Shoくんが言った。
「Shoくんも」
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3回目のデートは、図書館で黙って本を読んだ
「図書館でそれぞれ本を読みましょう」。変なデートだと思った。でも千駄木の図書館で4時間過ごして、帰り道、私は初めてこの人のことが好きだと気づいた。
「うん」
立って、コートを着た。二人で出口に向かった。外は冷えていた。
「じゃあ」
「うん」
それだけだった。
帰り道の目黒川沿い。11月の枯れ葉が川面に落ちていた。
泣くかと思ったら、泣かなかった。ただ、足が重かった。コートのポケットに手を突っ込んで、ゆっくり歩いた。
ドラマみたいな別れじゃなかった。罵り合いも、嗚咽も、劇的な言葉もなかった。
それがかえって、長く、静かに、残った。
嵐は過ぎれば忘れられる。でも凪の別れは、波紋みたいにじわじわ広がって、しばらくどこかで揺れている。
1年2ヶ月を丁寧に終わらせること。それは喧嘩で終わらせることより、ずっと大人で、ずっと難しかった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。