夏祭りで20分はぐれて、見つけた時に泣きそうになった話
人混みで逸れた。スマホは繋がらない。見つけた瞬間の安堵が、思ってたより大きすぎた。これって何なんだろうと、屋台の焼きそばを食べながら考えた。
人混みで逸れたのは、わたしが屋台に目を奪われたせいだった。
8月の第2土曜。地元の夏祭り。三軒茶屋の駅から15分ほど歩いたところにある神社で、毎年やる。露店が100軒くらい出て、子供から大人まで浴衣で歩いている。去年は友達と来た。今年はPairsで出会ったユウトくんと来た。
23歳の夏。初めての浴衣デート。
ユウトくんは2つ上の25歳で、朝ドラのロケで使われることがある下町の商店街の近くに住んでいる。インドア派に見えてアウトドアも嫌いじゃないと書いてあって、お祭りを提案したら「行きたい」と即答だった。
白地に水色の朝顔が入った浴衣を着た。下駄が少し窮屈。
ユウトくんはグレーのTシャツとチノパンという普段着で来た。「浴衣かと思ってた」と言ったら、「着方がわからなかったんで……」と言って頭を掻いた。
境内に入った。露店の煙と出汁の匂いが混じって、揚げ物の油の香りが鼻の奥に来た。
「すごい人だ」
「毎年こんな感じです」
はぐれないように、とユウトくんが私の浴衣の袖をつまんだ。小指と薬指だけで、ふわっと。手を繋ぐほどじゃないけど、離れないくらいの距離感。
焼きとうもろこし、チョコバナナ、型抜きの露店を順番に覗きながら歩いた。ユウトくんが金魚すくいで本気になって5分かかった。3匹すくえた。「どうするんですか、金魚」「持って帰れないや……」と言いながら、係のおじさんに「いいですか?」と聞いて水槽に戻してもらっていた。
問題は、射的の露店の前を通り過ぎた時だった。
その横にある店に目が止まった。かき氷の屋台。抹茶と練乳。急に食べたくなった。振り返ったら——いない。
ユウトくんが、いない。
人が多い。浴衣の人と普段着の人とが入り混じって、どこを見ても顔が同じくらいの高さにある。グレーのTシャツ、探してもグレーのTシャツを着た人が5人くらいいる。
スマホを出した。かけた。「電波が混んでいるため——」繋がらない。メッセージを打って送った。送信中のまま止まっている。
「……えっと」
声に出したら、周りがうるさくて自分の声が聞こえなかった。
止まっていると人にぶつかる。端に寄った。露店の後ろの狭い通路。
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5分経った。
10分。
スマホのメッセージが届かない。電話もつながらない。境内の出入り口の方向もわからなくなった。
落ち着け、と思った。大人なんだから。23歳。はぐれたくらいで何もない。
でも首の後ろがじっとり汗ばんでいた。
20分が過ぎた頃、背後から声がした。
「すみません——!」
振り向いたら、ユウトくんが人をかき分けてこっちに来るところだった。人混みの中で少し息が切れていた。顔が、なんか、心配そうだった。
「よかった。ここにいた」
声がちょっと低かった。いつものトーンじゃなかった。
「すみません、かき氷見てたら——」
喋ろうとしたら、喉の奥が詰まった。泣きそうになった。自分でも驚いた。なんで。20分はぐれただけ。大した話じゃない。
「大丈夫だった?」
ユウトくんが聞いた。
「……大丈夫です」
「声、震えてます?」
「震えてません」
「そうですか」
少し間があった。
「俺も、ちょっと焦りました」
自分から言った。普通に、さらっと。でも目が合ったまましばらく何も言わなかった。
人が横を通り過ぎていく。夏の夜の匂い。線香花火の煙。
「……かき氷、食べますか」
「食べます」
抹茶と練乳のかき氷を二人で持って、境内の端に移動した。縁石に腰を下ろした。浴衣の裾が汚れるかもしれないけど、気にしなかった。
焦ったことを、はっきり言葉にしてくれた人だったんだ。
それまでわからなかったことが、20分のはぐれで、少し見えた。
かき氷が溶けていくのを二人で見ていた。夏の神社の境内で。スマホはまだ繋がっていなかった。繋がらなくても、もう問題なかった。
気持ちに気づくのは、いつも不便な場所だ。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。