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恋愛体験談エッセイ

写真が趣味の人と、東京中を歩いた3ヶ月間

マッチングアプリのプロフィール「写真撮りながら街歩きが趣味で」に深夜1時の衝動でDMを送った。谷中から神楽坂まで、カメラを持った彼と歩いた3ヶ月間のこと。「今日の写真がよかったから」——意味不明なのに、わかった気がした。

28歳・女性の体験
·橘みあ·6分で読める

「写真撮りながら街歩きが趣味で」


マッチングアプリのプロフィールに、そう書いてあった。深夜1時、布団の中でスクロールしていた指が、そこで止まった。


「私もそういうの好きです」


送ったのは衝動みたいなもので、返事が来るとは半分しか思っていなかった。でも翌朝、通知が来た。「どの街が好きですか」。窓の外はまだ薄暗くて、コーヒーメーカーがじわじわと音を立てていた。


「谷中と根津のあたりが好きです」と打つと、すぐに「行きましょうか」と返ってきた。


早くない? と思った。でも、嫌じゃなかった。


---


10月の谷中、金木犀が残る街を歩いた


10月の谷中は、金木犀がまだ少しだけ残っていた。


改札を出たとき、彼はもうそこにいた。黒いカメラストラップを首にかけて、スマートフォンを見ていた。待ち合わせの人間にしては、妙に落ち着いた佇まいだった。緊張しているのか、していないのかがわからなかった。私はといえば、来る途中の電車の中でリップを塗り直して、イヤリングを外して、また付け直した。


「谷中銀座、行ったことありますか」と彼が歩きながら言った。


「何度も」と私は答えた。


「じゃあ、いつもと違うルートで行きましょう」


彼はすぐに路地へ入った。地図も見ずに。古い木造の家が並ぶ細い道で、猫が一匹、塀の上で丸まっていた。彼はそこで立ち止まって、カメラを構えた。シャッターの音がした。また歩く。また止まる。光の差す路地の角で、また止まる。


「これ何が面白いんですか」


気がついたら聞いていた。失礼だったかもしれない、と思った瞬間に、彼がカメラの画面を向けてきた。


「光が面白くて」


見たら、確かに面白かった。私が見ていたのと同じ路地なのに、画面の中の影の形が全然違う。同じ場所に立っていたのに、見えているものが違った。


「写真教室とか行ってたんですか」


「独学です」


それだけ言って、また歩き始めた。話が上手いわけでも、気を遣ってくれるわけでもない。でも不思議と、沈黙が苦しくなかった。私たちはそれぞれのペースで立ち止まって、それぞれのカメラとスマホで、同じ街を撮り続けた。


---


3ヶ月で、たくさんの街を歩いた。


下北沢の古着屋が並ぶ路地。神楽坂の石畳。深川・清澄白河の倉庫跡。浅草から向島まで隅田川沿いをぶらぶら歩いた日曜日。等々力渓谷で足元が濡れて、阿佐ヶ谷の商店街でコロッケを立ち食いした。


毎回、「これ見てください」と互いに写真を見せ合った。同じ場所から撮っているのに、毎回違う。彼の写真は影が深くて、余白が多かった。私のスマホには、なぜか人の手とか、窓の光とか、そういうものが多かった。


ある日、清澄白河のArisenコーヒーでアイスラテを飲みながら、彼がぽつりと言った。


「あなたは温かい色が好きですね」


「そうですか」


「ずっとそういう写真を撮ってる」


3ヶ月分の私のスマホのアルバムを、頭の中で再生してみた。確かに、オレンジの光ばかり選んでいた。夕方の窓。錆びた看板。古い暖簾の色。自分でも気づいていなかったことを、彼は3ヶ月かけて見ていた。


胸の奥が、じわっとした。


これは何だろう、とそのとき思った。好きなのか、好きじゃないのか、まだよくわからなかった。彼のことが好きなのか、彼と歩くこの時間が好きなのか、それすらはっきりしなかった。ただ、次の週も会いたいとは思っていた。


---


告白は、神楽坂だった


告白は、神楽坂だった。


11月の終わり、夕方5時を過ぎると空がすぐ暗くなる季節。石畳の坂を並んで歩いていたら、彼が急に立ち止まった。


「好きです」


短かった。飾りがなかった。


「……なんで今ですか」


反射的に聞いた。なぜそれを聞いたのか、自分でもよくわからない。ドキドキしているのか、戸惑っているのか、両方が混ざって判別がつかなかった。石畳の隙間から、枯れ葉が一枚、風に飛んでいった。


「今日の写真がよかったから」


彼はそう言った。


意味不明だった。写真と告白になんの関係があるんだろう、と頭の片隅で思った。でも同時に、なんとなくわかった気がした。彼にとって、写真は言葉だったのかもしれない。私がどんな光を選んで、どんな色に惹かれているかを、3ヶ月かけて読んでいた。それが今日、何かに届いたのかもしれない。


「私も好きです」


言ったら、彼がカメラを持ち上げた。


「撮っていいですか」


「……どうぞ」


石畳の坂の途中で、私は立ったままシャッターを向けられた。どんな顔をしていたのか、わからない。でも、その写真は今も彼の部屋に飾ってある。先週見たら、ちゃんとそこにあった。


---


思い返すと、あの3ヶ月間、私たちはほとんど感情の話をしなかった。「楽しい」も「好き」も、直接口にしなかった。ただ同じ街を歩いて、同じ路地で別々のものを見て、それを見せ合っていた。


でも今なら思う。あれは全部、会話だったのだと。


私が温かい色ばかり撮っていたこと。彼が私の写真を3ヶ月分、ちゃんと覚えていたこと。言葉にしなくても、何かが伝わっていた。


好きな人に「あなたのことを見ていた」と言ってもらえる方法は、たぶん一つじゃない。


同じ街を歩いて、あなたが何に立ち止まるかを、ただ隣で見ていること。それだけで、充分だったりする。

よくある質問

どんなきっかけで知り合ったのですか?
マッチングアプリで「写真撮りながら街歩きが趣味で」というプロフィールを見て深夜1時に「私もそういうの好きです」と送ったのが始まりです。翌朝返ってきた「どの街が好きですか」という質問に「谷中と根津のあたり」と答えたら、すぐに「行きましょうか」と返ってきたとのことです。
どんな街を一緒に歩いたのですか?
10月の谷中からスタートし、3ヶ月にわたって東京中を歩いたとのことです。谷中から神楽坂まで、カメラを持って歩き続けた時間が描かれています。
「今日の写真がよかったから」という言葉は、何の意味があるのですか?
意味不明なのになぜかわかった気がした、と書かれています。写真を撮る理由として使われたのか、気持ちを伝える遠回しな言葉だったのか——その曖昧さが、この関係の特徴を表しているようです。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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