500通のLINEを重ねた先で、あなたは『会えます』と言った
アプリで知り合って2ヶ月、テキストだけで500通を超えた。なかなか会えなかった理由を知ったとき、怒りより先に胸の奥がじわっと温かくなった。新宿のスタバで初めて見た、水色のコート。
深夜0時に届くLINEの通知音を、心待ちにしていた自分に気づいたのは、たぶん100通を超えたあたりだった。
アプリで知り合ったのは、秋の終わりごろ。最初のメッセージは他愛もない自己紹介で、「趣味が読書です」「私もです」くらいの、どこにでもある会話だった。でも彼のテキストには、なんというか、独特の間があった。文章の句読点の打ち方。話の終わり方。「ちなみに昨日、近所のカフェで変な定食を頼んでしまいまして」と唐突に始まる報告の、その「変な定食」の説明がやたら丁寧で、読んでいて口の端が自然とあがった。
毎朝7時。「今日も早起きできなかった、三度寝しました」。昼。「変な定食リターンズです、写真撮ればよかった」。夜の11時。「帰りの電車で、斜め前のサラリーマンが…」。日課になっていた。彼の一日の断片が、私の画面に積み上がっていく。声も顔も知らないのに、その人の生活のにおいだけがどんどん鮮明になっていく感覚。
「会いましょう」と言ったのは、たぶん3回目か4回目だった。
「仕事が忙しくて」と返ってきた。「週末は少し予定が」とも来た。
わかった、と思いながら、でも腑に落ちない部分があった。忙しいなら、なぜ毎日こんなに丁寧にLINEを返してくるんだろう。矛盾してる。でも怒れなかった。テキストの向こうにいる彼が、嘘をついている感じはしなかったから。
正直に言う。「会わなくてもこの人と話すのが好きだな」と思う夜があった。と同時に「でも私、何を待ってるんだろう」という、じわじわした焦りもあった。好きと、「違うかも」が、同じ胸の中に並んで座っていた。
500通目。数えていたわけじゃないけど、アプリのトーク欄をスクロールして、そろそろそのくらいかな、と思ったとき。私は打った。「なんで会わないんですか」。
既読が、つかなかった。5分。10分。「あ、聞きすぎたかな」と思い始めたとき、既読がついて、しばらくしてから返信が来た。
「実は、対面が苦手なんです」
画面を、三回読んだ。
「人と会うのが、どうしても緊張してしまって。ひどいと思われるかなって、ずっと言えなかった」
胸のどこかが、すとんと落ちた。怒りじゃない。責める気にもならなかった。ただ、やっと、この人のことがわかった気がした。500通分の会話が、全部つながった感じ。毎日丁寧にテキストを返してくれていたのは、それが彼にとって精一杯の「会う」だったんだと、そのとき初めて思った。
「そんなことないです」と打った。少し考えてから、続けた。「じゃあ、30分だけ。カフェで。人が多い場所の方が緊張しにくくないですか」
既読。また少し間があって。
「…やってみます」
場所は新宿のスタバにした。南口から出てすぐの、広くて天井が高い店。週末の昼間は人でごった返す。一人でいても浮かない場所。11月の終わりで、外はもう冬のにおいがした。マフラーを巻いて、約束の5分前に着いたら、もう来ていた。
カウンター席。水色のコート。スマホを両手で持って、画面を見ていた。
プロフィール写真と同じ人だった。でも、想像より小さかった。肩幅が、なんというか、華奢だった。
「こんにちは」
声をかけたら、びくっとして立ち上がった。目が合って、「あ、こんにちは」と言った。声が少し上ずっていた。頬が少し赤かった。10月生まれの人が、真冬の新宿の風に当たってきたような顔をしていた。
「遠かったですか」「いいえ、すぐそこです、えっと」「座りましょうか」「あ、はい」。
最初の10分は、お互い少しぎこちなかった。何度か話しかけて、何度か笑って、なんとなく呼吸が合ってきたのは、コーヒーを半分飲んだあたりだったと思う。
「あの、変な定食の話、詳しく聞いてもいいですか」と聞いたら、「あ、やっぱり気になりますよね」と言って、彼は少し前のめりになった。そこからの説明が、LINEで読んでいたより全然面白かった。声のトーンが変わって、手が動いて、「いや本当に、なんでそれを頼んだんだっていう話なんですけど」という言い訳が可笑しくて、声を出して笑ったら、彼もはにかんで笑った。
声があると、何倍も笑えるんだ。
30分の予定が、1時間になっていた。
「もう少しいますか」と聞いたら、「はい」と言った。その返事の声が、さっきより落ち着いていた。緊張が抜けた声。ほっとした声。
その「はい」のひとことで、私も息をついた気がした。
それから月1〜2回、会うようになった。新宿のあのスタバだったり、吉祥寺をぶらぶら歩いたり。彼は今でも「対面は得意じゃない」と言う。初対面の人とご飯に行く前日は眠れないとか、大勢の飲み会は帰ってからどっと疲れるとか。それは変わっていない。
でもある日、歩きながら彼が言った。「あなたとは、会えます」って。
立ち止まってしまいそうになった。
500通のLINEより、その5文字が重かった。テキストで積み上げてきた時間が、一文に全部入っていた。
声があると、言葉は体温を持つ。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。