「デートが苦手」と正直に伝えたら、水族館に連れて行ってくれた
初対面が消耗する。ずっとそうだった。withで彼にそのまま伝えたら、平日の空いた水族館をリサーチして提案してきた。その時点でもう半分好きだった。
デートが苦手だということは、ずっと隠してきた。
内向的、と言えば聞こえはいいけど、要するに初対面の人と長時間いると体力が削られる。笑って話して、気を遣って、帰り道にどっと疲れが出る。マッチングアプリを使い始めて3人目まで、毎回そうだった。
彼と連絡を取り始めて1週間目、初デートの提案が来た。その時、ふいに正直に言ってみようと思った。気力があったのか、どこかで諦めてたのか、今でもよくわからない。
「あの、正直に言ってもいいですか。私、初対面の人とのデートがすごく得意じゃなくて。人混みと賑やかな場所が特に消耗するんです。それでも会ってみたいとは思ってるんですけど」
送信してから後悔した。重い。引く。マッチして1週間の相手に言うことじゃない。
3分後に返信が来た。
「教えてくれてありがとうございます。じゃあ一緒に考えましょう。静かで、人が少なくて、話さなくてもいい時間があって、疲れたら休めるところ。条件はこれで合ってますか?」
画面を見て、喉の奥が締まった。
「……合ってます」
「2、3日調べてみます」
3日後の水曜日、提案が来た。
「葛西臨海水族園、平日の午前中はかなり空いてるみたいです。展示の動線が一方通行で迷わない、ベンチが各所にある、館内は全体的に暗くて薄暗い照明、バックグラウンドが水の音なので会話のプレッシャーが少ない。どうですか」
スクショを保存した。
26歳の私が、アプリで出会った人にここまで調べてもらったのは初めてだった。
木曜日、午前10時。葛西臨海水族園の入口。ゆり子さん、と彼——田中さん——が呼んだ声はゆっくりしていた。早口じゃない。それだけで少し楽になった。
入ってすぐ、大きな回遊水槽。マグロの群れが円を描いて泳いでいる。薄暗い。静か。人が少ない。金曜の昼だったら絶対に密集してる場所が、ほとんど2人きりだった。
「すごい」
思わず声が出た。マグロって、こんなに大きいんだ。水槽のガラスに近づくと、魚体の青みと銀色が光を反射して、自分の頬に冷たい気配が伝わってくる。
「マグロって高速で泳がないと死ぬんですよ。止まれない魚なんです」
田中さんが隣に並んで言った。声は小さかった。うるさくない。私と同じ方向を向いたまま、水槽を見ながら話す。顔を合わせなくていいのが楽だった。
「止まれないって、疲れそう」
「うん。でも進み続けることで生きてるんで。それでバランスが取れてるんでしょうね」
なんとなく、わかる気がした。止まると死ぬ。だから動いている。
1時間後、クラゲのゾーンに移動した。薄紫の照明で、クラゲがゆっくりと漂っている。音楽もない。水の循環音だけ。
「休みますか」と田中さんが聞いた。近くのベンチを指した。ベンチが、ちゃんとあった。調べてくれてた通り。
「ちょっとだけ」
並んで座った。クラゲを見た。喋らなかった。5分くらい黙って、同じものを見ていた。
沈黙が怖くなかった。初対面の人と沈黙して怖くなかったのは、たぶん初めてだった。
「私、さっきのマグロの話好きでした」
「止まれない話ですか」
「うん。なんか共感した」
田中さんが少し笑った顔を横目で見た。目の細くなる笑い方。
「ゆり子さん、止まれない系ですか」
「どうかな。止まりたいんだけど止まり方がわからない、な感じかも」
「それが一番難しいやつだ」
「でしょ」
ランチは水族園のレストランでイカカレーを食べた。うまかった。デートで食べるものがうまいって、当たり前じゃないんだと思った。緊張してると味がよくわからなくなる。この日は違った。
帰り際、葛西駅のホームで電車を待ちながら。
「今日どうでしたか。疲れましたか」
「疲れてない。これは初めて」
「よかった」
「ありがとう、調べてくれて」
「当たり前のことしかしてないですよ」
当たり前じゃない、と喉元まで出かかった。でも言わなかった。帰りの電車の中で、窓に映る自分の顔を見て、ちゃんと笑えてることに気づいた。
デートの翌日、LINEが来た。
「昨日、たのしかったです。また来週どうですか。次も静かめのところで」
次も、静かめのところで。
その一文が、全部だった。
気遣いってたぶん、相手の話を聞いた分だけできるもの。「デートが苦手」と言ったことを後悔しなくていい場所に、私はいた。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。