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恋愛体験談with

86分間ほぼ黙った初デートで、「また会いたい」と言われた

人見知りすぎて言葉が出なかった。でも沈黙の向こう側に、何かが通じていた。

20代前半・女性の体験
·橘みあ·8分で読める

私は、人見知りだ。


筋金入りの。DNAレベルの。コンビニで「袋いりますか?」と聞かれただけで声が裏返るタイプの人見知り。


22歳、出版社の校正部。仕事は文字を読むだけだから会話は最小限で済む。ランチは一人でデスクでおにぎり。歓迎会は毎回「体調が」で逃げた。友達は3人。うち2人は高校からの付き合いで、残り1人は猫カフェで隣の席だった人。


そんな私がwithを始めたのは、母親に「あんた、このまま一人で死ぬ気?」と正月に言われたから。心理テストで相性がわかるっていうから、会話力ゼロでもなんとかなるかもしれないと思った。甘かった。


マッチした人とのメッセージは、意外と楽しかった。文字なら考える時間がある。推敲できる。3分かけて「笑」を入れるかどうか悩める。対面じゃないと、私は饒舌になれる。詐欺みたいだなと思った。


彼——タクミさんとマッチしたのは、2月の終わり。心理テストの相性92%。プロフには「映画と読書が好き。静かな場所で過ごすのが落ち着く」と書いてあった。写真は神楽坂の路地裏で撮ったっぽい横顔。穏やかな印象。


メッセージでは話が弾んだ。新海誠の映画が好きだという話、米津玄師の「Lemon」を聴くと必ず泣くという話。彼の文章は丁寧で、「。」の使い方が綺麗だった。校正の仕事をしてるとそういうところが気になる。


2週間やりとりして、「会いませんか」と言われた。


来た。恐れていた瞬間が。


断る理由がない。断りたくもない。でも会ったら終わる。メッセージの饒舌な私と、実際の私は別人だ。がっかりされる。絶対にがっかりされる。


「ぜひ」と打った。指が震えた。


当日。待ち合わせは吉祥寺駅の公園口。14時。


朝から3回着替えた。最終的にZARAの淡いブルーのワンピースに白のカーディガン。無難。おかしくないよね。鏡を4回確認した。


吉祥寺に着いた。13時45分。早く着きすぎた。ベンチに座って、スマホを握りしめた。手のひらが汗で濡れている。3月なのに。気温12度なのに。


14時ちょうど。改札から出てきた人の中に、彼がいた。写真通りの穏やかな顔。背は高め。グレーのニットにチノパン。ポール・スミスっぽいトートバッグ。


目が合った。


——ここから先の記憶が、ほとんどない。


正確に言うと、あるんだけど、恐怖で上書きされている。


「あ、こんにちは」


彼が言った。


「……」


出なかった。声が。物理的に、喉が閉じた。


数秒の沈黙。彼がちょっと首を傾げた。


「えっと、ユイさん?」


「は、はい」


それだけ。それだけ出すのに全エネルギーを使った。


井の頭公園を歩いた。桜にはまだ早い、灰色がかった3月の公園。池の水面にカモが浮いている。


彼が「池、きれいですね」と言った。


「……」


うなずいた。声が出ないからうなずくしかない。


彼が「カモって冬もいるんですね」と言った。


「……はい」


会話、崩壊。完全に崩壊。


カフェに入った。公園の近くのスタバ。チャイティーラテのホットを注文——できなかった。メニューを指さして、店員さんに「これ」と言うのが精一杯。彼がソイラテを頼んでいるのが聞こえた。


向かい合って座った。テーブルを挟んで60センチ。近い。彼の顔が近い。鼻の横に小さなほくろがある。メッセージの画面では見えなかった。


沈黙。


10秒。30秒。1分。


彼がスマホを取り出した。あ、やっぱり。退屈だよね。帰りたいよね。こんな喋らない女と2時間も——


「あ、この本読みました?」


彼がスマホの画面を見せてきた。Amazonの画面。村上春樹の新刊。


首を縦に振った。読んだ。先月読んだ。


「どうでした?」


「……よ、よかった、です」


よかったです。なにその感想。小学生か。校正の仕事してるくせに、語彙力が蒸発している。


彼が少し笑って、「俺もよかったです」と言った。それから、彼は自分の感想を話し始めた。主人公の孤独について。物語の中の猫の役割について。


私は聞いていた。ただ聞いていた。時々うなずいて、時々「はい」と言って、一度だけ「私もそう思います」と言えた。


彼は急かさなかった。私の沈黙を埋めようとしなかった。話して、少し黙って、また話して。間をくれた。


窓の外の光が傾いて、テーブルに長い影が落ちた。チャイティーラテは冷めていた。飲むタイミングも逃すくらい緊張してたから、半分以上残ってる。


1時間26分。スタバにいた時間。そのうち私が話した合計は、たぶん4分もない。


店を出て、駅に向かった。吉祥寺のサンロード商店街。人が多い。彼が人混みの中で、自然に車道側を歩いてくれた。何も言わずに。


改札前。


「今日はありがとうございました」


彼が言った。


「あ、あの」


声が掠れた。


「ごめんなさい。私、全然喋れなくて。メッセージと全然違くて。ほんとにごめんなさい」


目が熱くなった。泣くな。初デートで泣くな。


彼は少し黙って、それから言った。


「また会いたいです」


耳を疑った。


「え?」


「ユイさん、話すの苦手って言ってたけど、聞いてくれてるのすごいわかった。俺の話に、ちゃんとうなずいてくれてたし」


「でも私、86分くらい黙って——」


「86分って。計ってたの?」


「時計、ずっとチラチラ見てたので……」


彼が笑った。声を出して。それから少し真面目な顔になった。


「俺ね、前に会った人は、ずっと自分の話ばっかりしてたんですよ。俺の話に興味なさそうで。でもユイさんは、村上春樹の話した時、身を乗り出して聞いてくれてた。自分では気づいてないだろうけど」


身を乗り出してた? 記憶にない。でも彼が言うなら、そうだったのかもしれない。


「だから、また会いたいです。今度は、ユイさんの好きな本の話、聞かせてください。1分でも2分でもいいから」


唇が震えた。鼻の奥がツンとした。


「……はい」


涙が一筋、頬を伝った。


2回目のデートは、1週間後。神楽坂の古本屋を2人で回った。私は彼に、好きな短編集の話を3分くらい——3分だけど——できた。


3回目は、表参道の美術館。展示の感想を少しだけ言えた。彼が「それいい視点だね」と言ってくれて、顔がぶわっと熱くなった。


4回目。6回目。10回目。


少しずつ、少しずつ、喋れる時間が伸びていった。5分。10分。30分。


半年後。自由が丘のカフェで、気づいたら2時間喋り続けていた。彼が「今日よく喋るね」と笑って、私は「え、そう?」と返した。


そう。いつの間にか、「え、そう?」が自然に出る人になっていた。この人の前では。


告白は彼から。目黒川沿い。桜の季節。


「好きです。ユイさんの、静かなところが」


静かなところが好き。喋れないことを欠点じゃなく、そう言ってくれた。


86分の沈黙は、きっと人生で一番長い86分だった。でもあの沈黙がなかったら、私は「聞いてくれる人」だと気づいてもらえなかった。


黙っていても伝わるものは、ある。ただし、ちゃんと聞いていれば。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

このテーマを読む:初デート体験談

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