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二人だけのカウンターで、膝が2時間ずっと触れ続けた夜のことを私は誰にも言えない

初デートの狭いカウンター席で、彼の膝が私の膝に触れていた。2時間、どちらも動かさなかった。あれは偶然だったのか、それとも——今でも答えが出ない。

24歳・女性の体験
·橘みあ·5分で読める

3月の初旬だった。


中目黒の路地は、まだ桜には早い。目黒川沿いを歩いてきたとき、川の水面が街灯をぼんやり反射していて、その鈍い光を見ながら「こういう夜に来てよかった」と思った。混んでいないし、うるさくないし、誰も私たちに興味がない。コートのポケットの中で指先がかじかんでいた。3月の夜はまだ本気で寒い。


彼はすでに路地の入り口で待っていた。


withでマッチングしたのは3日前。プロフィールに「一人で映画を見に行くのが好き」と書いてあって、それだけで押した。写真は2枚。薄暗いバーで撮ったものと、山の稜線を背景に立っているもの。顔はわかる、でも背の高さまではわからなかった。実際に会ったとき、見上げる角度になって、少し面食らった。こんなに背が高いとは思っていなかった。


「予約が取れなくて」と彼が言った。本来行くはずだったスパニッシュバルの名前を教えてもらったら、確かに予約必須の店だった。「代わりにここにしたんだけど、カウンター席しか空いてなくて」と、少し困った顔をした。


「全然いいよ」と言った。


全然よくなかった。隣同士で座るの、緊張するじゃないか。


路地の奥、看板が小さすぎて通り過ぎそうな場所にある8席だけのカウンターバー。ドアを開けた瞬間からオリーブとハーブの香りが漂ってきて、薄暗い照明の中にテラコッタのタイルが見えた。本当に小さな店だった。BGMはフラメンコギターが低く流れていて、それ以外の音がほとんどなかった。


二人掛けのカウンターに並んで座った。


肩幅がある彼と私の距離は、10センチもない。グラスを受け取るとき、袖が触れた。それだけで、背中が少し強張った。


ワインはオレンジワインを選んだ。「自然派ワイン飲んだことある?」と聞かれたから「何度か」と答えた。本当は詳しくない。でも詳しくないって言うと話が続かない気がして、あいまいにした。ちょっとだけ嘘をついた最初の5分間。


映画の話になったのはしばらく経ってから。「最近何か見た?」から入って、新海誠が好きだという話になって、「天気の子と君の名は、どっちが好き?」という、永遠に答えが出ない議題で30分が過ぎた。彼は「天気の子」派で、私は「君の名は」派で、「でもどっちも同じ構造の話では?」という着地点のない議論が妙に楽しかった。彼が反論するとき、少し身を乗り出す癖があった。そのたびに距離が縮まった。


気づいたのは、1時間が過ぎた頃のことだ。


彼の膝が、私の膝に触れていた。


いつからかわからない。気づいたときにはもう、ずっと触れていた。カウンターが狭いから、体をどうしても少し傾けてしまう。彼は避けない。私も避けない。お互い、何も言わない。映画の話は続いている。タパスを頼んで、バゲットをちぎって、ワインのおかわりをした。全部、普通に。でも膝は、ずっとそこにある。


グラスを持つ手が、そっと震えた。赤ワインが少し揺れた。気づかれなかったと思う。思いたい。


「これ美味しい」とバゲットを一口かじった彼の横顔が、近くて。見ちゃいけないと思いながら見た。のど仏が動くのが見えた。耳の形が見えた。まつ毛の長さまでわかる距離で話したことが、これまでの人生に何回あったかと、ぼんやり考えた。恋人と、家族と。それ以外で、こんなに近い顔を正面から見た記憶がない。


好きかもしれない。

違うかもしれない。

でも膝を動かしたくない。


その三つが同時に、お腹の奥にあった。


2時間、ずっと触れていた。お互いが意図的に避けないでいたのか、ただ席が狭すぎて当たっていただけなのか、今でも本当にわからない。ただ、どちらかが少し足を動かせば、離れることはできた。椅子の脚に足を引っかけたふりでも、バッグを取り出すふりでもよかった。どちらも、動かさなかった。


店を出たのは10時を過ぎた頃。


目黒川沿いを、二人で少し歩いた。夜桜には早くて、木の枝が街灯に照らされているだけだった。黒い川面が光を受けてゆらゆら揺れていて、水の音だけがした。コートのポケットに手を入れたら、また指先がかじかんだ。店の中があんなに暑かったのに。


「楽しかった」


「俺も」


「また——」


「来週、空いてる?」


被った。彼が笑った。私も笑った。目黒川の水面に反射した光が、ちらちら揺れていた。


「空いてる」


「じゃあまた、カウンター席探す」


「今度は広い店にして」


「なんで?」


「……なんでもない」


なんでもなくない。ちゃんとわかってる。来週も同じ距離で座ったら、今度は自分がどうするかわからない。足を動かしてしまうかもしれないし、動かさないまま2時間がまた過ぎるかもしれない。どちらも、怖いような、待ち遠しいような。


帰り道、中目黒の駅に向かいながら、自分でも驚いた。好きかどうかまだわからない相手のことを、こんなに細かく覚えている。耳の形。のど仏の動き。バゲットをちぎる指。映画の話をするときだけ少し声が低くなること。


体は、頭より先にいろんなことを知っている。


膝と膝の、数センチの接触が、2時間で私の心臓を何回止めたか。それは誰にも言えない。言えないまま、もう一週間が経とうとしている。


触れるか触れないかの境界線が、ときどき言葉よりずっと正直だ。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

このテーマを読む:初デート体験談

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