マッチングアプリで相手の顔を見たら、うちの会社の人だった
withでマッチしたのは、同じフロアで働いているはずなのに一度も話したことのない男性だった。お互い左にスワイプしなかった。さて、どうする。
月曜の朝、エレベーターで鉢合わせた。
目が合った瞬間、2人同時に視線をそらした。どこを見ればいいかわからなくて、ドアの上の階数表示を見た。5、6、7。沈黙が重い。エレベーターの音だけが聞こえる。
8階でドアが開いた。彼が先に出た。私は9階だから乗り続けた。ドアが閉まる瞬間、彼が振り向いた気がした。振り向いた気がしただけで、確認しなかった。
オフィスに着いてすぐパソコンの画面を凝視した。集中できない。
3日前のことを考えていた。
金曜の夜、withを開いていた。代官山のカフェで友達を待ちながら、時間潰しにスワイプしていた。コーヒーが来る前にサクサク流していたら、あれ、と思った。見たことある顔。でも誰だったか思い出せない。
プロフィールを開いた。渡辺将吾、29歳、ITエンジニア。
エンジニア。
8階。
えっ。
スマホを閉じて開いて、また閉じた。友達が「どうしたの?」って聞いてきた。「なんでもない」と答えながら、脳内で必死に顔と名前を一致させようとしていた。
渡辺将吾。見たことある。絶対見たことある。でもエンジニアのフロアには普段行かない。ランチで被ったことがあるのかもしれない。社員食堂で向かいの席になったとか。でも話したことは一度もない。
で。
スワイプしなかった。
正確には、どっちにもスワイプしなかったまま固まってた。コーヒーが来た。友達と話した。そのまま30分くらい忘れてた。
で、また開いたら「It's a Match!」
彼も右にスワイプしていた。
カフェの中で一人、「えっ」と声に出してしまった。友達に「何?」って言われた。「え、なんか知ってる人とマッチした」「え、誰!?」「言えない笑」
その夜、メッセージが来た。「こんにちは、はじめまして……あの、もしかして同じ会社の方ですか?」
白状した方がいい。ごまかす方が絶対ややこしくなる。
「そうです。9階の営業部の高橋です」「やっぱり笑。8階の渡辺です。すみません、なんか気まずいですよね……」
気まずい。でも。
「気まずいけど、お互い右にスワイプしてますよね?笑」
既読がついて、3分後に返信。
「してますね笑。なんかもうそれが全てな気もするんですが笑」
なんかそうだよな、と思った。アプリで互いに「会いたい」と言ったわけだ。気まずさより、それの方が先にある。
ただ問題は、毎日同じビルで働いているということだった。うまくいかなかった場合のダメージがでかい。エレベーターが気まずくなる。社食が気まずくなる。最悪、そのフロアに用事があるたびにドキドキすることになる。
打ち明けると彼も同じことを考えていたらしく、「正直、会社の人って最初は左にしようと思ったんです」とメッセージが来た。「でも写真見てたら右にしちゃいました」という続きを読んで、首の後ろが少し熱くなった。
「私も一回固まりました笑。最終的にどっちにもスワイプせずにいたら勝手にマッチしてた」「え、そんなことある笑」「ありました笑」
ぎこちないやりとりが、1週間続いた。テキストだけなのに、相手が会社にいると思うと不思議な感覚がある。
2週間後、「ランチ行きますか」という提案が来た。社食じゃなくて、外で。三軒茶屋のパスタ屋さんで12時に待ち合わせた。
会社から離れたら、少し楽だった。オフィスの空気が剥がれた彼は、スーツを着ているのにどこか普通の男性に見えた。渡辺将吾、29歳、インドカレーが好きで、休日は恵比寿でボルダリングをやっているらしい。
「会社で会った時、気まずかったですね」
彼が苦笑いした。「月曜のエレベーター。死ぬかと思いました」「私も笑」「どこ見ていいかわからなくて」「階数表示見てました」「俺も笑。同じ場所見てたんですね」
パスタが来た。生パスタのカルボナーラ。うちの会社の話を少しした。でもそれより、アプリで話してたこと——お互い好きな映画の話、週末の過ごし方の話、の続きをした。
ランチから帰り道、並んで歩きながら「またご飯行きますか」と彼が言った。
「行きましょう」
「夜も大丈夫ですか」
「大丈夫です」
今のところ、うまくいっている。社食で会った時はどちらからともなくナチュラルに目をそらすという暗黙のルールができた。エレベーターが被ったら、二人して今日の天気の話をする。
職場内恋愛は面倒だとずっと思っていた。今も面倒だと思っている。でも面倒の種類が、想定とは違う。気まずくて面倒なんじゃなくて、バレないように平静を装うのが面倒。
どっちも右にスワイプした。その事実は変わらない。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。