6歳上と付き合った夜、価値観の違いに迷った話
プロフィールに「6歳上」とあって、一瞬指が止まりかけた。でも自己紹介欄の文章がどこかずれていて、それが気になって右にスワイプした。違いはたくさんあった。それでも、この人のことを面白いと思い続けている。年の差恋愛の体験談。
正直に言う。6歳上とは付き合わないつもりだったのに。
それだけで閉じようとした。でも、自己紹介欄の文章がおかしかった。真剣に書いているのに、どこかずれている。その感じが気になって、結局メッセージを送った。
---
雨上がりのバーで
最初のデートは、渋谷の喧騒からひとつ路地を入ったところにある小さなバー。金曜の夜、雨上がりの石畳が濡れていて、看板の灯りがにじんでいた。席についてすぐ、音楽の話になった。
彼の口からバンドの名前がいくつも出た。Eastern YouthとかThe Birthdayとか、私にはぴんとこない固有名詞が続く。「全然知らないです」と正直に言ったら、「そうか、ジェネレーションギャップだな」と言って、笑った。
馬鹿にする笑いじゃなかった。自分のことも一緒に笑っているみたいな、おかしさを共有する感じ。その笑い方が、なぜか胸のあたりに残った。帰り道、Spotifyでひとつひとつ検索しながら山手線に乗った。ぜんぜん知らない曲なのに、悪くなかった。
その夜、家に帰ってから布団に入っても、彼の声の低さをなぜか覚えていた。話しながら少しだけ前に体が傾いてきた瞬間のこと。テーブルを挟んで座っていたのに、距離が縮まった感じ。それが夢うつつに浮かんで、消えた。
---
ぶつかる週末、違うやり方
付き合い始めてすぐに気づいたのは、週末の温度差だった。
私はどこかに行きたい。新しい街を歩きたい、見たことのないものを見たい。でも彼は「今日はゆっくりしたい」と言う。布団の中でスマホをいじりながら、「どこか行こうよ」と声をかけた土曜の昼。返ってきたのは「うーん」という声と、長い沈黙だった。
むっとした。一緒にいるのに、一緒にいない感じがした。
でも同時に、なんかこれ、こっちが合わせさせようとしてるかな、とも思っていた。好きと「違うかも」が同時にあって、どちらが本当なのか自分でもわからなかった。その日の午後、彼が先に起きてコーヒーを入れてくれた。黙ってテーブルに置いていってくれた。怒ってるわけじゃない。ただ、自分のペースがある人なんだと思った。問題が解決したわけじゃないけど、「この人は悪意がない」という確認ができた気がした。
仕事の話でも、似たことがあった。職場で何かもめたとき、私はまず根回しをする。空気を読んで、タイミングを計って、それから動く。でも彼は「それ、今すぐ言ったほうがいい」とすぐ言う。会って三ヶ月くらいの頃、愚痴を聞いてもらいながら「なんでそこで言えなかったの」と返されて、ちょっとだけ息が詰まった。
「やり方が違う」と思う瞬間が、確かにあった。
---
違いを感じるたびに、最初は「直してほしい」と思っていた。たぶん無意識に。
週末の過ごし方も、職場での立ち回り方も、私のやり方のほうが正しくて、彼がそれに気づいてくれればうまくいくのに、という発想が根っこにあった。
でもある日、目黒川沿いを歩いていたとき、ふと思った。私、この人に自分の形に合わせてほしいだけじゃないか、と。
桜の季節より少し前で、枝だけの木が川沿いに並んでいた。夕方で、風が少し冷たかった。彼は何か別のことを話していたと思う。私はぼんやりその話を聞きながら、自分の中の何かを確認していた。ジャケットの袖口を引っ張って、指を隠した。川の水が灰色に光っていた。この人と歩いてここにいることが、不思議と自然だった。違いがあるはずなのに、隣にいることの感触は、馴染んでいた。
この人のやり方を「間違い」にしてしまうのは、なんか違う。
それだけわかった。それだけで、少し楽になった。
---
視点を変えたら、楽になった
それから変えたのは、視点だった。
「違うからダメ」じゃなくて、「違うけど、この人のやり方を面白いと思えるか」を、自分に問うようにした。
面白いと思えることが多かった。すぐ言う、という彼の性質は、私には持てない強さだとも思えた。根回しが得意な私には、彼の「とりあえず言ってみる」が眩しく見えることがあった。どちらかが正解じゃない、ただ違う、というだけのことが、じわじわわかってきた。
週末のことも、結局は「どうする?」と話し合うようになった。今日は出たい、でも彼はゆっくりしたい、なら午後だけ一緒に出よう、という感じで。どちらかが折れるんじゃなくて、着地点を探す。それが当たり前になるのに、半年くらいかかった気がする。
ある日の休日、二人で吉祥寺の古本屋をぶらぶら歩いていた。特に目的もなく棚を見ていたら、彼が薄い詩集を一冊抜き出して「これ読んだことある?」と聞いてきた。私が知らない名前の詩人だった。「読んでみなよ」と渡されて、立ち読みした。言葉が少なくて、でも密度があった。「どうだった?」「……重たい。でも好きかも」「そう、そういう感じするよな」。そのやりとりが、なんか久しぶりに気持ちよかった。二人とも全く同じ感想じゃなくてもいい。ずれていても、話せる。
---
今、付き合って一年が経つ。
秋の終わりに付き合い始めて、今また同じ季節が来た。特別なことは何もしていないけど、先週の日曜、二人で近所のパン屋でサンドイッチを買って、代々木公園で食べた。彼は「やっぱり外もいいな」と言って、私は「たまにはね」と言った。なんでもない午後だった。でもそういう時間が、積み重なっていく。枯れ葉が風に転がっていく音がして、遠くで犬が鳴いた。サンドイッチのハムが思ったよりしょっぱかった。それも全部、一年分の記憶の一枚になっていく。
価値観の違いは、まだある。これからもなくなることはないと思う。でも「この人のことが好きだから、違いについて話せる」という感覚がある。話すことが怖くなくなった、というほうが正確かもしれない。
年齢差が問題になったことは、ほとんどない。音楽の趣味がずれていることより、週末の使い方のほうがよっぽどぶつかった。6歳の差より、「今すぐ言う人」と「根回しする人」の差のほうが、実は毎日に効いてくる。
プロフィールを見て指が止まったあの夜の自分に、言えることがあるとしたら、ひとつだけ。
---
*年齢差より、笑い方が合うかどうかのほうが、ずっと大事だった。*
よくある質問
何歳差の相手だったのですか?↓
価値観の違いはどんな場面で感じましたか?↓
違いと折り合いをつけた、とはどういう意味ですか?↓
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。