「もう会わないほうがいいと思う」と、傷つく前に私から言い続けた
好きになりかけるたびに、先に終わらせてきた。それが自分を守るためだと思っていたのに、気がついたら誰も残っていなかった。防衛という名の孤独について。
代官山の蔦屋書店で、彼と待ち合わせをした三回目のデートのことを、今でも妙に鮮明に覚えている。
雨が降っていた。彼は傘を持っていなくて、少し濡れた肩で「ごめん、待たせた」と言いながら笑った。その笑い方がよかった。ちゃんと目が細くなる種類の笑い方で、私は棚の前でなんでもないふりをしながら、胸の奥でかすかに何かが動くのを感じていた。
その夜、家に帰ってLINEを開いたとき、私は「次会うの、少し先にしようかな」と打っていた。
送る理由は、自分でもよくわからなかった。
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最初に「先手」を打ったのは、25歳のときだった。二年付き合った人に振られた。正確には、「好きじゃなくなったわけじゃないけど、一緒にいる未来が見えない」という言い方をされた。新宿三丁目の居酒屋で、彼はずっとテーブルの木目を見ていた。私は「そっか」と言って、帰りの電車で泣くのを二駅分だけ我慢して、三駅目でこらえきれなくなった。
それが怖かったのだと思う。「見えない」と言われること。積み上げてきたものが向こうの中で消えていく過程を、こちらは何も知らずにいること。あの無防備さが、たまらなく恐ろしかった。
次に誰かを好きになったとき、私は無意識に「出口」を探すようになっていた。
相手が少し冷たいLINEを送ってくると、「ほら、始まった」と思った。会う頻度が落ちると、「そういうことか」と解釈した。解釈のほとんどは、根拠のない先読みだった。でも当時の私にはそれが「読める人間になった証拠」に見えていた。
傷つく前に、自分から終わらせる。
それが賢さだと、本気で信じていた時期がある。
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代官山の彼とは、結局七回会った。
正確に数えているのは、関係を終わらせるたびに「何回目だったか」を記録するクセがついていたからだ。自分でも嫌なクセだと思う。でもやめられなかった。
七回目に「もう会わないほうがいいと思う」と送ったとき、彼は少し間を置いてから「なんで?」と返してきた。
私は「なんとなく」と打ちかけて、消した。「タイミングが」と打ちかけて、それも消した。最終的に送ったのは「うまく説明できないけど、そう思って」という文章で、彼はそれきり返事をしなかった。
正しくは、返事をする必要がなくなったのだ。
私が終わらせたのだから。
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気づいたのは、友人に「最近どう?」と聞かれたときだった。渋谷のログロードにあるカフェで、アイスコーヒーを飲みながら、私は「まあ、普通」と答えた。「誰かいないの」と聞かれて、「いない」と言った。正確には、「いたけど終わらせた」の繰り返しだったのだが、そう説明するのが面倒だった。
「なんで毎回終わらせるの」と彼女は言った。責めているわけじゃなくて、純粋に不思議そうに。
「傷つきたくないから」
口から出てきたとき、少し驚いた。そんな直接的な言葉が自分の中にあったことに。
「でもさ」と彼女は続けた。「傷つく前に終わらせてたら、何も起きないじゃん」
何も起きない。
その言葉が、家に帰ってからもずっと頭の中にあった。シャワーを浴びながら、YOASOBI の「群青」が流れているのを聞きながら、私はぼんやりとその言葉を反芻していた。
何も起きない、というのは、何も失わないということだ。でも同時に、何も積み上がらないということでもある。
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防衛という行為には、守るべき何かが必要だ。
壁を作るには、内側に大切なものがある前提がいる。でも私はいつからか、壁を作ること自体が目的になっていた。誰かが近づいてくると、反射的に「この人は絶対にいつか離れていく」という結末を想定して、だったら今のうちに、と動いていた。
傷つかなかった。
それは本当だ。あの新宿三丁目の三駅分の涙みたいな経験は、あれ以来していない。
でも代わりに、何が残ったかというと。
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七回ぶんの「なんとなく」と、返事のこないLINEと、数えることしかできなかった私だけが残っていた。
傷つくことを避けようとして、傷つきとは別の種類の空洞を、自分の中に少しずつ作っていたのだと思う。痛みのない空洞だから気づかなかった。痛みがないから、むしろ「うまくやっている」と思っていた。
でも空洞は、痛まなくても空洞だ。
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処方箋みたいなものは、まだ持っていない。次に誰かが傘を持たずに濡れた肩で笑ったとき、私が同じことをしない保証もない。
ただ、わかったことがある。
私が怖かったのは、「振られること」じゃなかったのだと思う。怖かったのは、「好きになっている自分」を見せたまま、それが相手に届かないかもしれないという、あの無防備な時間そのものだった。
傷つくことより、無防備でいることが怖かった。
それだけのことで、私はずっと先に帰り続けていた。
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好きになることが怖いのではなく、好きな自分を見せることが怖かった、ということに気がつくまでに、私には三年かかった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。