恋のアーカイブ
恋愛体験談

32歳の夜、「あ、これだ」とやっと声に出せた

Pairsで知り合った彼との4回目のデート。初恋みたいな派手さじゃない。胸の奥がじわっと温かくなる、静かな確認。好きってこういうことだったのか、と32年かけてやっと気づいた夜の話。

·橘みあ·6分で読める

代官山の路地に入ったとき、風がすこし冷たかった。


11月の金曜日、21時をすぎていた。ログロードを抜けて、何となく歩いていた。彼が「もうちょっとだけ」と言ったから。もうちょっとだけ、の意味を私も彼も、たぶん確認しなかった。


4回目のデートだった。


最初の3回は正直、採点していた。返信の速さ、話の聞き方、割り勘するかどうか。Pairsで出会ったことへの後ろめたさを払拭したくて、粗を探していたのかもしれない。2回目のあと、仲のいい友達に「悪くないんだけどね」と送ったら「それ脈ありじゃん」と返ってきた。違う、そういう話じゃない、と思いながら、でも3回目の約束を入れていた。


この夜は違った。


渋谷の「BUNKAMURA」前で待ち合わせて、展覧会を見て、夕飯を食べて、気づいたら2時間以上歩いていた。特別なことは何もなかった。映画の話、仕事の話、好きなコンビニのおでんの話。彼はあまりしゃべらない人で、私が何か言うと少し間を置いて、「ああ」とか「そうか」と言う。最初はその間が怖かった。何か変なこと言ったかな、と思って、次の話題を探してしまっていた。


でもこの夜は、その間が気にならなかった。


路地に入って、古着屋のショーウィンドウの前で立ち止まったとき、彼が「これ似合いそう」と言った。ベージュのコートだった。私は「え、地味じゃない」と笑ったら、彼が「地味じゃない、上品」と言って、そこで終わった。


そこで終わった。


フォローも、でも〜、も、なかった。言いきって、また歩き始めた。胸のあたりがじわっとした。ドキドキとは違う。心臓が速くなるわけじゃない。ただ、じわっとした。湯たんぽを抱いたときに似ているかもしれない。


20代のころ好きだと思っていた人のことを、頭の端で思い出していた。


あの人の前では常に緊張していた。LINEの返信を何度も下書きして消した。服を選ぶのに1時間かけた。「好きなんだな」と思っていたけど、今ならわかる。あれは好きじゃなかった。うまくやりたかっただけだ。かわいく見られたかっただけだ。


彼の隣を歩きながら、私は特に何も考えていなかった。それが、たぶん答えだった。


「ちょっと疲れた」と彼が言って、道沿いのベンチに座った。私も隣に座った。距離は、けっこう近かった。気づいたけど、動かなかった。動く必要を感じなかった。


スマホをいじるでもなく、しゃべるでもなく、ただ並んで座っていた。スピーカーから遠く、誰かの「TENDRE」が流れてきた。どこかの店から漏れてくる音だった。きれいだな、と思った。音楽なのか、夜なのか、この時間なのか、よくわからなかった。


「さむい?」


彼が聞いた。


「すこし」


「帰る?」


「……まだいい」


私が言ったら、彼は「そっか」と言って、また黙った。


そのとき、わかった。


あ、これだ、と思った。声には出なかったけど、口の中で転がした。これだ。これが、好きということか。緊張じゃない。うまくやろうとする計算でもない。ただ、隣にいたい。もうちょっとだけ、この時間が続いてほしい。それだけだった。


32年生きて、初めて知った感覚だった。


「Pairs、続けてよかった」と、こっそり思った。正直に言うと、登録したとき少し恥ずかしかった。友達にもしばらく言えなかった。でも今、代官山のベンチで彼の隣に座って、あのアプリを開いた夜の自分をちゃんと褒めてあげたかった。よくやった、と。


帰り道、代官山駅の前で別れた。


「また連絡する」と彼が言って、私は「うん」と言った。ハグも、手を繋ぐも、なかった。でも改札を通ってから一度だけ振り返ったら、彼はまだそこにいた。目が合って、お互い何も言わなかった。


東横線の車内で、スマホのメモ帳を開いた。誰かに送るつもりじゃなかった。ただ書きたかった。「好きとはこういうことか、とやっとわかった」と打って、閉じた。


20代のころ、好きな人の前で私はいつも少し別人だった。もっとかわいくしゃべろうとして、もっとおもしろくしようとして、疲れ果てて帰ってきた。そういう消耗を「恋愛のときめき」だと思っていた。


違った。


ときめきって、静かなものだった。心臓じゃなくて、もっと奥の方が、じわっと温かくなる感じ。黙っていても苦しくない。自分でいられる。それで充分だと思える。


恋愛が怖かった理由が、少しわかった気がする。ずっと、好きになることと、うまくやることを混同していた。評価されたくて、かわいいと思われたくて、それを「好き」と呼んでいた。だから疲れた。だから続かなかった。


あの夜、私が感じたのはもっとシンプルなものだった。


ただ、隣にいると、楽だった。


それだけのことが、32年かかった。


好きとは、相手のために変わることじゃなく、自分のままでいられる場所に気づくことだった。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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