3回目のデートは、図書館で黙って本を読んだ
「図書館でそれぞれ本を読みましょう」。変なデートだと思った。でも千駄木の図書館で4時間過ごして、帰り道、私は初めてこの人のことが好きだと気づいた。
3回目のデートの提案が来たのは、金曜の夜のLINEだった。
「図書館はどうですか。それぞれ好きな本を読んで、たまに見せ合うやつ」
読んで、画面を閉じた。
(え、デートってそういうものじゃなくない?)
正直、変だと思った。デートで図書館、しかも「それぞれ読む」。一緒にいる意味は?という感じ。でも1回目は代官山でランチ、2回目は渋谷のバーだったから、まあそろそろ変化球もあるか、と思って承諾した。返信は「いいですよ、楽しそうです」にした。楽しそうとは思っていなかった。ちょっと変だと思っていた。でもまあ行ってみよう、と思った。
日曜、千駄木の区立図書館に待ち合わせ。
11月の午後。谷中と根津のあいだにある、古い図書館だった。木造の書架と、少し黄ばんだ蛍光灯と、古本の匂いがした。近所のお年寄りが熱心に新聞を読んでいた。受付のおばさんが眼鏡の奥でこちらを一瞥してから視線を戻した。
彼は文庫本を2冊持ってきていた。私はスマホで入口近くの棚から適当に選ぼうと思っていた。
「何か好きなジャンルありますか?」
「エッセイとか」
「じゃあこのあたり——」
案内されて、棚の前に立って、伊藤比呂美の本を手に取った。表紙が気に入ったから。
テーブルに向かい合って座った。彼が読み始めた。私も読み始めた。
静かだった。
図書館の静けさは、カフェの静けさと違う。カフェは周囲の音があって、その中に沈黙があるから、なんか頑張って話さないといけない気がする。図書館の静けさは、しゃべらないことがデフォルトだから、ただそこにいるだけでいい。隣にいる理由を、言葉で補わなくていい。
40分くらい読んで、彼が自分の本のページを開いたまま、私に向けてきた。
「これ見てください」
見た。向田邦子のエッセイで、夫婦の話の一節だった。長年連れ添った夫婦の、すれ違いについて書いた文章。
「面白くなかった?」
「面白かった。でもなんか、少し怖かった」
「わかる」
それだけ言ってまた読み始めた。向田邦子のエッセイを、日曜の図書館で、2人で少し怖い、わかる、だけ言い合って終わった。
私もページをめくって、途中で気になった文章を指で押さえた。
「これ」
彼が覗き込んできた。息が、少しだけかかる距離。古本の匂いと、彼の匂いが混ざった。コーヒーの感じの。
「ああ、この人の文章、独特ですよね」
「漢字の使い方が好きで」
「あー、確かに。旧字体使ってる」
また、沈黙。
4時間、そうやって過ごした。合計で会話したのは20分もなかったかもしれない。館内の閉館アナウンスが流れてきて、初めて「もうこんな時間か」と気づいた。
帰り道、谷中銀座を歩いた。夕方で、人が多かった。コロッケを食べながら歩いた。揚げたての油の匂いが、図書館の古本の匂いと全然違って、なんか笑けた。谷中の猫が1匹、軒先でこちらを見ていた。千駄木の駅まで、特にどこにも寄らないまま歩いた。
「楽しかったですか?」
彼が聞いてきた。
「……うん」
「笑 迷ってますよね」
「迷ってない。ちゃんと楽しかった。ただ、デートらしくないなって」
「それがよかったんですよ」
「デートらしくない方が?」
「その方が、普通にいられるから」
電車に乗って別れた後、ホームに立ちながら気づいた。
この人のことが好きだ、と。
何もしなかったデートの後で、なぜかそれがいちばんはっきりわかった。会話が少なかったのに。一緒に何かしたわけじゃないのに。4時間、隣で本を読んでいただけなのに。
隣にいることが、苦じゃない人を探していたのかもしれない。ずっと。しゃべり続けなくていい人。沈黙を埋めなくていい人。図書館の蛍光灯の下で、古本のページをめくる音だけが聞こえる4時間。
次のデートも図書館にした。今度は神保町の古書店街にした。3時間歩いて、合計10冊買った。半分は彼のおすすめで、半分は私のおすすめで。
本棚が似てきたら、それはたぶん、恋の一形態だ。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。