タトゥーを見られた。反応が、予想と全然違った
withで知り合った彼女と、夏に初めて半袖で会った。左腕のタトゥーを隠す癖があったけど、気づかれた。彼女の反応は、私が10年間で一番想定していないものだった。
7月の最初の週末、横浜で会った。
赤レンガ倉庫の近くで待ち合わせて、元町を歩いた。海からの風があって、午前中は日陰に入れば涼しかった。港の方から潮の匂いがして、元町の商店街はまだ人が少なかった。週末の午前10時。横浜の夏の朝は、東京より少し風が違う。
その日は白のTシャツを着ていた。半袖。
withで知り合って、彼女と会うのは4回目だった。1回目から3回目まで、ずっと長袖を着ていた。春先だったから不自然じゃなかった。3月、4月、5月と、薄手のシャツや長袖カットソーで来ていた。でも7月は、さすがに。東京の7月に長袖で来たら、それだけで不審に思われる。
左腕に、タトゥーがある。手首から肘の内側にかけて、羽根のデザインが入っている。20歳の頃に入れた。大学の友達と一緒に、ノリで入れた。下北沢にあるスタジオで、2時間かけて入れてもらった。値段は当時のバイト代3ヶ月分くらいした。でも今でも後悔はしていない。羽根の線が気に入っているし、20歳の自分があの衝動で入れたことも、なんか好きだ。
問題は、知られたくない状況があること。温泉、プール、バイト。そして、好きな人の前。
(どう思われるか、わからないから)
昔、入れているのを知られて気まずくなったことがある。「え、大丈夫なの?」という反応から始まって、なんとなく距離が置かれた。それからずっと、最初のうちは隠すようになった。2回、3回と会って、「この人なら大丈夫かもしれない」と思えてから、少しずつ見せる。そういうルーティンがいつの間にかできていた。
元町の商店街を歩きながら、気づいたら袖を少し引っ張っていた。Tシャツの袖は短くて、手首あたりまでしか覆わない。歩いているうちに少しずれた。肘の内側が見えていた、かもしれない。
「それ、隠してますか」
彼女が言った。
止まった。
「入ってますよね、なんか。ちらっと見えた」
商店街の人波が脇を通り過ぎていく。返事を考えた。1秒か2秒か。隠す理由は、もうない気がした。3回会って、彼女はずっとフラットだった。変なことで驚かない人だというのは、わかっていた。
「……入ってる」
「見せてもらっていいですか」
袖をまくった。羽根のデザイン、縦に15センチくらい。インクは黒一色。細い線が幾重にも重なって、羽根の繊維を表している。
彼女が覗き込んできた。黙って見ていた。3秒くらい。4秒かもしれない。商店街のざわめきが遠くなった気がした。
「線がきれいですね」
喉の奥が詰まった。
「……え」
「デザイン、どこで頼んだんですか?」
「下北沢のスタジオ。20の頃」
「へえ。ずっと入れたかったものですか?」
「ノリで入れたんですけど、後悔はないです」
「笑 それがいいんじゃないですか」
それだけだった。
責めなかった。「え、なんで隠してたの?」も聞かなかった。「就活大変じゃなかった?」も言わなかった。ただ、線がきれい、と言った。デザインの話を聞いた。後悔のない話に「それがいい」と言った。それだけだった。
元町のカフェに入って、コーヒーを頼んで、窓の外を見た。海が少し見えた。元町・中華街駅の方向に、山の手の家並みが続いていた。
「ずっと隠してた?」
「最初のうちは。長袖で来てた」
「笑 4月でも?」
「4月でも」
「寒くなかったの?」
「普通に寒かったです」
「馬鹿みたいじゃないですか、なんか」
「笑 馬鹿みたいでした。本当に」
「なんで今日半袖で来たんですか?」
少し考えた。本当のことを言おう、と思った。
「7月に長袖はさすがに不自然かなって。あと、そろそろいいかなって思ったんです。この人なら、と思ったんです」
彼女がコーヒーカップを持ったまま、少し沈黙した。
「ありがとうございます」
「え、なんで彼女がお礼言うの」
「なんか言いたくなったので」
港の方から船の汽笛が聞こえた。元町の古いカフェに、午前の光が差し込んでいた。彼女の横顔が、少し笑っていた。
帰り道、山下公園を歩いた。中華街でお茶と小籠包を食べた。タトゥーの話は、もう一度も出なかった。でも袖をまくったまま歩いた。
隠していたものを隠さなくていい人に出会うのは、思ったより突然だった。
「線がきれい」という一言が、3回分の長袖を脱がせた。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。