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恋愛体験談Pairs

会う前に好きになった。あの8ヶ月を、なんと呼べばいい

2020年の春、外に出られなくて、Pairsを始めた。古本屋とプロフィールに書いた人と、8ヶ月テキストだけした。

28歳・女性の体験
·橘みあ·5分で読める

2020年4月に、Pairsを始めた。


緊急事態宣言が出て、外に出られなくなって、「どうせ会えないなら話せる人だけでも探しておこう」という、どこか後ろ向きな理由だった。アプリの画面を開いて、プロフィールを書く。「読書、映画、音楽。在宅勤務中です」。2020年4月の東京には、同じようなプロフィールが大量に出ていた。


スクロールしていたら、「趣味:古本屋めぐり、散歩、深夜ラジオ」と書いてある人が目に入った。写真は、どこかの古本屋らしい場所で本を手に持っているもの。顔はよく見えない。でも「古本屋」という一言が気になった。


「古本屋、どこが好きですか」とメッセージした。「神保町が一番好きです。でも東京中回ってます」と来た。


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毎日テキストした。


朝、起き抜けに「おはよう」が来た。夜、仕事終わりに「今日どうだった」が来た。昼間は仕事の愚痴や面白かった出来事を送り合った。緊急事態宣言が延長されるたびに、お互い「また延びたね」と言い合った。


8ヶ月間、ビデオ通話は一度もしなかった。


「声聞きたくないの?」と友人に聞かれたことがある。「会ったとき、驚きたい」と彼が言っていた。「初めて会うとき、声を初めて聞きたい」と。私もその感覚が面白いと思って、合わせていた。


コンビニの新作スイーツが出るたびに報告し合った。「今日ローソンにバスチーが出た」「それ知ってる、食べた?」「食べた、思ったより甘くなかった」「そういうこと先に言って」。会っていないのに、生活が重なっていくような感覚があった。


夏が来て、秋が来た。緊急事態宣言が終わっても、外に出ることへの感覚がなかなか戻らなかった。でも毎日LINEは続いていた。


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お互いが「これって普通と違うな」と感じ始めたのは、5ヶ月目くらいだった。


「このままでいい?」と彼が聞いてきた夜があった。「このまま」の定義が曖昧で、「テキストだけ続けることが、じゃなくて、何かに向かってないのが、のこと?」と聞き返したら「後者です」と来た。


「どうしたいですか」と私が聞いたら、「会いたいです、ちゃんと。でも今は外に出にくくて」と来た。「落ち着いたら会いましょう」と私が言った。「落ち着いたらすぐ」と彼が言った。


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翌年の3月、神保町で会った。


待ち合わせ場所に来た彼は、写真と少し違った。背が高かった。声は、想像と全然違った。もっと低かった。「声、思ってたのと違う」と私が言ったら、「そちらも」と彼が言った。「どっちがよかったですか」「どちらもよかったですが、こっちの方がいい」。


一緒に古本屋を3軒回った。神保町の路地を歩きながら、本の背表紙を見て、「これ読んだ?」「読んだ」「どうだった?」「面白かったけど前半眠かった」「わかる」。


8ヶ月のテキストが、実物を前にして一気に立体になった。知っていた人が、目の前にいた。


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あの8ヶ月を、なんと呼べばいいか。


付き合っていたわけじゃない。友達でもなかった。毎日テキストして、バスチーの話をして、古本屋のことを考えながら眠った。


「会う前に好きになった」という経験を、世界は2020年の春に全員にさせた。


あの期間がなければ、神保町を一緒に歩いていなかった。緊急事態宣言が、この出会いを作った。皮肉かもしれないけど、感謝もしている。


あの春が終わったあとの日常の中に、あの8ヶ月は生きている。


彼とは今でも古本屋に行く。神保町が多いけど、たまに高円寺や荻窪にも行く。2020年の春に始まったテキストが、今は本の話を直接できる関係になった。会う前に好きになって、会ったらもっと好きになった。


バスチーの話を、いつかしたいと今でも思っている。「あの日のバスチー、美味しかったですか」と聞いたら「甘すぎた」と言われた。「そういうこと先に言って」と私が言った。同じ言葉が、会ってからも続いている。


あの8ヶ月を「会う前の時間」と呼ぶか「会うための時間」と呼ぶかは、今でも答えが出ていない。でもどちらでもよくて、その時間があったから今がある、それだけが本当のことだ。


緊急事態宣言が作った出会いは、そのまま普通の日常に溶けていった。良い意味で、特別じゃなくなった。


古本屋で「これ読んだ?」と聞いて、答えを知っている関係が、8ヶ月のテキストで作られた。会ったらすぐ友人みたいで、でも友人じゃなかった。それがちょうどよかった。


2020年の春が作った縁は、今でも続いている。緊急事態宣言が出た日に始まったやりとりが、古本屋の棚の前で繋がった。外に出られない時間が、内側を豊かにした。そういう逆説が、人生にはある。


あの春は、怖かったけど、この出会いがあった。それだけで、十分だ。


「古本屋めぐり、散歩、深夜ラジオ」という3つの趣味が、2020年の春に私の人生に入ってきた。神保町の路地が、少し好きになった。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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