4駅乗り過ごして、それでも待っていてくれた
初デートの待ち合わせに遅刻した。しかも間違えた駅に降りて、汗だくで18分後に到着した私を、彼女は黙って待っていた。その時の第一声が忘れられない。
三軒茶屋で待ち合わせ、のはずだった。
田園都市線に乗った。渋谷から急行で3駅だっけ、と思いながらスマホでマップを確認しようとして、バッテリーが15%だと気づいた。省エネモードにしてしまったら地図アプリが重くなって、そのうち読み込みもできなくなった。電車は快走していた。渋谷を出て、池尻大橋を過ぎて、三軒茶屋の次、駒澤大学、次はどこだ、と思いながら窓の外を見ていたら、知らない感じの景色になっていた。住宅街の夕暮れ。6月の夕方、日が長い分だけ明るかった。
「あれ」
声に出てしまった。降りたのは用賀だった。
(やばい。全然違う)
喉の奥が急激に乾いた。改札を出て時計を見たら、待ち合わせまであと4分。用賀から三軒茶屋まで急行で戻っても絶対間に合わない。バッテリーは12%。汗が出てきた。6月の梅雨の合間の日で、蒸し暑かった。スーツのシャツが背中に張りつく感じがした。
とりあえずLINEを開いた。
「すみません、電車を乗り間違えました。18分くらい遅れます」
送ってから既読がつくのをじっと見た。10秒後。
「わかりました、待ってます」
それだけだった。スタンプも「大丈夫ですよ〜」もなかった。「笑」もなかった。ただ「わかりました、待ってます」。その短さが逆に怖かった。怒ってるのかな、呆れてるのかな。それとも本当にただの事務連絡として返したのかな。
急行に飛び乗った。用賀のホームで待っていた2分間、自分でも笑えるくらい落ち着かなかった。電車が来るたびに「違う」「これも違う」とホームを行ったり来たりした。
三軒茶屋の改札を出たのは18分後。文字通り。走ってきたせいで、もう汗が止まらない状態で彼女を探した。
待ち合わせ場所に言っていた、駅前のドトールの前。
いた。
グレーのワンピースで、アイスコーヒーを手に持ったまま、スマホを見ていた。顔を上げて、私に気がついた。
駆け寄りながら「すみません、本当に——」と言いかけたら、
「汗、すごいですね」
と言われた。
え、と止まったら、彼女が笑った。
「怒ってないですよ。ただ事実として。笑」
力が抜けた。うまく言葉が出なくて、「……はい、めちゃくちゃ暑かったです」としか言えなかった。ありがとうございます、とか、すみません、とか言おうとしたのに、「めちゃくちゃ暑かったです」という言葉が出た。
「用賀ってどのくらい?」
「4駅くらい」
「走ってきた?」
「改札から駅前まで」
「笑 それは仕方ない」
ドトールに入って、水を頼んだ。彼女は何も責めなかった。「どうして乗り間違えたんですか」も聞かなかった。そこがかえって居心地悪かった。「遅刻してくる男」認定されたんじゃないかと頭の片隅でずっと考えながら、コーヒーを飲んだ。アイスコーヒーを頼んだのに、体が熱くて全然冷えなかった。
1時間後、会話が弾んで忘れかけてきた頃に、彼女がぽつりと言った。
「実は私も、10分前に着いて、近くのコンビニで時間つぶしてたから。笑」
「え、じゃあ最初から待ってたわけじゃ——」
「最初から待ってました。ちゃんと。コンビニも含めて」
セブンイレブンだったと言った。「何買ったんですか」と聞いたら「ガム」と言った。「緊張してたから」と続けた。
(緊張してたのか、彼女も)
人を待つことを、なんとも思わない人がいる。10分前から来て、コンビニでガムを買って、アイスコーヒーを持って、スマホを見ながら待っていた人。それが優しさなのか、鈍感なのか、あるいはもっと違う何かなのか、その日はわからなかった。
でもあの「汗、すごいですね」の一言が、3年経った今もたまに頭をよぎる。
怒るより、笑う方を選んだ人。18分待たされて、「汗すごい」と言って笑う方を選んだ人。
あれが彼女の、愛情の形だったんだと思う。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。