猫カフェで2時間、隣に座り続けた。猫より彼の方が気になっていた
吉祥寺の猫カフェ。三毛猫を呼び寄せる彼の手を、ずっと見ていた。
吉祥寺の「てまりのおうち」は、入口から階段を上がって、重い扉を開けると猫の世界になる。
Tappleで知り合った颯くんとのデートに選んだのは私だった。「動物好きですか」とプロフィールに書いてあったのを見て、「猫カフェどうですか」と提案した。颯くんは「行きたかった、ありがとうございます」と返してきた。「ありがとうございます」をデートの提案に使う人、初めて会った。丁寧だな、と思った。
待ち合わせは吉祥寺駅の北口。13時。彼は紺のパーカーにチノパン、スニーカー。ゆるっとした格好で、プロフィール写真よりリラックスして見えた。「行きましょうか」と言いながら歩き始める。歩くペースがゆっくりで、合わせやすかった。急がない人だな、と思いながら隣を歩いた。
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猫カフェに入って、靴を脱いでスリッパに履き替える。係の人から「触る前に手を洗ってください、エサは渡さないでください」と説明を受けて、部屋に入る。
15匹ほどの猫が、それぞれ好き勝手にいた。棚の上で丸まっているやつ、窓際で外を見ているやつ、床でのびているやつ。人間には一切興味を示さず、マイペースにそれぞれの時間を過ごしている。猫って本当に自由だ、と毎回思う。
颯くんは部屋に入ってすぐ、床に座った。「猫は呼ぶより待った方が来ますよ」と言いながら、手を膝の上に置いてじっとしている。私も隣に座った。
5分経った。猫は来ない。
「来ないですね」「来ます、待ってると」「どのくらい?」「もう少し」。
さらに5分経ったとき、三毛猫がそろそろと近づいてきた。颯くんの方に向かって、匂いを嗅いで、それからゆっくりと彼の膝に乗った。
「来た」と颯くんが静かに言った。手を動かさないまま、ただそこにいた。猫は丸くなった。
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私はそれを見ていた。
猫じゃなくて、彼の手を。
動かさないようにしている指先。膝の上に置かれた、力を抜いた手。猫の背中に少しだけ触れるときの、慎重な動き。猫を驚かせないように、呼吸まで浅くしている。指の関節が少し白くなるくらい、緊張しているのか、それとも逆に完全にリラックスしているのか。
「なんか、猫の扱いうまいですね」と言ったら、「子供の頃ずっと猫いたんです、家に」と彼が言った。「だから待ち方を知ってる」。
待ち方を知ってる。
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初デートの待ち合わせに遅刻した。しかも間違えた駅に降りて、汗だくで18分後に到着した私を、彼女は黙って待っていた。その時の第一声が忘れられない。
その言い方が、なぜか頭に残った。猫に対しての話なのに、別の何かのことのような気がした。
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2時間、ほとんど隣に座っていた。
颯くんが猫と遊んでいる間、私はときどき猫を撫でながら、ときどき彼を見ていた。見ているのがバレたのは、1時間くらい経ったときだった。彼が急に「なんか見てました?」と言った。
「え」
「さっきから」
「猫を見てました」
「僕の方向を見てましたよね」
「…猫が颯くんの近くにいるので」
彼は笑った。「なんか照れますね」と言いながら、少し顔が赤かった。耳の先まで赤くなっていた。
こっちが照れた。耳たぶが熱くなった。
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猫カフェを出て、吉祥寺の商店街を歩いた。
「お腹空いてないですか」と颯くんが言う。「空いてます」「コロッケでも」「食べます」。
肉屋の前で揚げたてのコロッケを一個ずつ買って、歩きながら食べた。サクサクして、熱くて、中のジャガイモが甘かった。指先が少し油っぽくなって、「ナプキン持ってますか」と聞いたら「あります」と言ってポケットから出してくれた。こういうところが、丁寧だと思う。
「颯くん、猫に好かれますよね」と私が言った。「どうしてですか」「待てるから、じゃないですか」。
彼は少し考えて、「そうかもしれない。急がない方が、来てくれる気がして」と言った。
信号待ちで立ち止まったとき、肩が触れた。どちらも動かなかった。
猫より彼の方が気になっていた、というのは、たぶん最初から正しかった。
待てる人は、待ってもらえる。
吉祥寺に来るたびに、てまりのおうちの前を通る。あのとき三毛猫が颯くんの膝に乗っていった瞬間を思い出す。待つことができる人を、私も少しずつ好きになっていった。
急がない人と一緒にいると、自分も急がなくていいと気づく。それが、いちばん大事なことだった気がする。
颯くんはいつも、こちらが話し終わるまで待っている。言いかけてやめても、急かさない。猫に教わった待ち方を、人間関係にも使っているのかもしれない。そういう人と一緒にいると、自分もゆっくり話せるようになる。急がなくていい、という安心感。それが、一番のものかもしれなかった。
吉祥寺に来るたびに、あの三毛猫のことを思う。颯くんの膝に乗って、丸くなった猫。待たれると、行きたくなる。それは猫も人間も同じなのかもしれない。
次に吉祥寺に来たとき、「また猫カフェ行きますか」と颯くんに聞いた。「行きましょう」と即答だった。今度は猫より、颯くんを見ていようと思っている。堂々と。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。