「好きな音楽は?」に、彼女はプレイリストで答えた
2回目のデートの帰り道、彼が送ったのはたった一行の質問だった。返ってきたのは言葉じゃなく、12曲のSpotifyリンク。彼はその夜、全部聴いてから返信した。
2回目のデートから帰る電車の中で、彼女にLINEを送った。
「好きな音楽とか、ある?」
軽い気持ちだった。会話のネタというか、次のデートで音楽の話でもできたらいいな、くらいの。10月の夜、渋谷から乗り込んだ山手線は外回りで、窓の外に恵比寿の明かりが流れていった。2回目のデートはガーデンプレイス近くのワインバーで、彼女が頼んだ白ワインのグラスが揺れるたびに、テーブルの上でゆらゆらと光が踊っていた。3時間半、ずっと話せた。仕事の話、大学時代の話、最近ハマってる映像作品の話。でも、音楽の話だけはしなかった。なんとなく、それが彼女の核心に近い気がして。
でも返ってきたのは文字じゃなかった。
Spotifyのリンク。
タイトルは「あなたに聴いてほしい曲」。
12曲入っていた。
スクロールした。宇多田ヒカル、Never Young Beach、Mitski、Vampire Weekend、あいみょん、King Gnu、The 1975、Bon Iver、ユーミン、back number、Phoebe Bridgers、そして最後はYOASOBI。
脈絡があるようでない。ジャンルも年代もバラバラ。でも全部、どこか「夜」に聴く感じがした。邦楽と洋楽が混在して、1990年代のユーミンとゼロ年代のback numberが同じリストに入っている。整理されていない、というより、意図して整理しなかった感じがした。
(これ、全部聴かなきゃいけない気がする)
イヤホンを付け直して、1曲目から再生した。渋谷から多摩川を越えても、溝の口を過ぎても、止めなかった。家に着いたのに玄関先で立ったまま続けた。11月の夜気が首元に当たっていたけど、気にならなかった。スニーカーを脱ぐのも忘れて、玄関のタイルの上に立ったまま、イヤホンを耳に押しこんで、次の曲、また次の曲と進んでいった。
12曲、全部聴き終わるのに47分かかった。
聴きながら、じわじわわかってきた。
彼女は「好きなアーティストは?」という質問に「宇多田ヒカルです」と答えるタイプじゃない。言葉でまとめるより、まず聴いてほしい。そういう人なんだ、と。2回のデートで積み重ねてきた言葉のやりとりよりも、このプレイリストの47分の方が、何かを教えてくれた気がした。
The 1975の「Somebody Else」が流れてきた瞬間、首の後ろがざわっとした。この曲、別れた後に聴きたくなる曲だ。なんでこれをリストに入れたんだろう。過去の話?それとも今の話?誰かのことを思って、でも手放して、それでも忘れられない、そういう感情の曲だ。2回デートした女が、この曲をリストに入れてくる。
聴き終わってから返信した。
「全部聴いた。The 1975、なんで入れたの」
5分後。
「聴いてくれたんだ」
「全部。47分かかった」
既読がついて、しばらく何も来なかった。ドット(入力中)が3回出て消えた。
「笑 怖い」
「褒め言葉だよ」
「わかってる。The 1975はね、なんか好きな人にだけ教えたくなる曲だから」
手のひらが汗ばんでいた。スマホを握り直して、なんて返せばいいか30秒考えた。気の利いた言葉は何も出てこなかった。好きな人に教えたくなる曲、と言われたのに、「そっか」とか「いい曲だよね」とか、そういう当たり障りのない返し方だけはしたくなかった。
「もう一回聴く」
と送った。
「聴いてくれてるの」
「うん、2周目」
「……変な人だ」と来て、その後「笑 でも嬉しい」と来た。
その後、3週間に渡って、お互いのプレイリストを交換し続けた。「雨の日に」「眠れない夜に」「泣きたいとき」。私が作ったリストには椎名林檎とフィッシュマンズと坂本慎太郎を入れて、「よくわからないけど好きな曲たち」というタイトルをつけた。彼女からは「センスある、好き」という短い返信が来た。その5文字が、3回目のデートの予定を取り付けるより嬉しかった。
会う時間より、聴いている時間の方が長かったかもしれない。彼女が夜中の1時に「眠れない」と送ってきたとき、私はすでにプレイリストを開いて「これ聴いて」とリンクを送っていた。Bon Iverの「Skinny Love」。返信は「沈むじゃん」だったけど、翌朝「眠れた」という一言が来た。
言葉より先に、音楽が彼女を教えてくれた。
好きな人の再生リストを全部聴ける人間が、その人を好きになっていく。順番が逆でも、理由なんてそれで十分だった。
今でも、The 1975が流れてくると、あの玄関先のことを思い出す。11月の夜気と、脱いでいないスニーカーと、47分かけて聴いた12曲。全部が彼女だった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。