バレンタインにマッチングアプリで告白した話。チョコの代わりにメッセージで
大阪に出張中の彼へ、2月14日の深夜に送った22文字。チョコより先に届いた「好きです」が、あの冬いちばん正直なものだった。
2月14日、帰宅したのが21時すぎだった。
玄関の電気をつけて、コートを脱いで、鞄をソファに投げた。その勢いのまま立ち止まれなくて、でも行き場もなくて、しばらくそのまま部屋の真ん中に突っ立っていた。バレンタインだった。世界中がそれを知っていて、私もそれを知っていた。
机の引き出しの中に、チョコがあった。3日前、仕事帰りにルミネの地下でひとりで選んだ、フランス系のブランドの小さな箱。La Maison du Chocolatのリボンがかかっていた。買うとき、店員さんが「ご自分へのご褒美ですか?」と聞いた。「プレゼントです」と答えた。自分の声が思いのほか小さかった。
彼は、1週間前から大阪にいた。出張、4泊5日。「バレンタインに帰れないかも」と事前に言われていて、「大丈夫です」と返した。LINEの画面の前で一瞬止まってから、打った。大丈夫じゃないのに、大丈夫と送る、あの数秒のことを今でも覚えている。自分を守るためなのか、相手を気遣うためなのか、もう区別がつかなくなっていた。
コンビニで買ってきたホットミルクを電子レンジで温めながら、引き出しの中のチョコのことを考えていた。金曜日に帰ってくる。あと3日待てば渡せる。でも、バレンタインは今日だ。今日じゃなかったら、なんの意味があるんだろう。そういう細かいことを、深夜の台所でひとり、真剣に悩んでいた。
ホットミルクを持ってソファに座って、スマホを開いた。
LINEの画面に彼の名前が並んでいた。最後のやりとりは3日前。「到着しました」「お疲れ様です」、そのあと既読がついたまま会話が止まっていた。出張中の人に、何を送ればいいかわからなかった。
「今日、バレンタインなんですけど」と打った。
送信ボタンを押してから、しまったと思った。そんなこと言っても困るだけだろう、と。でもその2秒後に既読がついた。
「ですね」と返ってきた。
起きてたんだ。大阪の居酒屋でビール飲んでいる時間帯だと思っていた。「ですね」の2文字が、なんだかちょっとおかしくて、思わず小さく笑った。笑ってから、胸がきゅっとなった。好きだ、とそのとき思った。こういう2文字を返してくる人のことが、好きだ。
ホットミルクが冷めていた。
「直接渡せないのは残念なんですが、気持ちだけ伝えさせてください」と送った。
それから、また打った。
「好きです。もっと一緒にいたいです」
送信して、すぐにスマホを裏返した。テーブルの上に、画面を下にして置いた。なんでそんなことをしたのか、自分でもよくわからなかった。送ったのは自分なのに。自分で選んで、自分で打って、送ったのに。
心臓が、少しうるさかった。
時計の音が聞こえた気がした。うちの部屋に時計なんてないのに。
5分後、スマホを表に返した。
「私も好きです」
その次の行に、「帰ったら会いましょう」。
手のひらが、じわっと汗ばんだ。冬なのに。部屋の暖房だってそんなに強くないのに、手のひらだけが正直だった。なんかこういうとき、体って嘘をつかないんだな、と思った。頭は「どういう意味だろう」「どのくらい好きなんだろう」とぐるぐるしているのに、手のひらはもうわかっていた。
「チョコ持っていきます」と返した。
「待ってます」と来た。
絵文字なし。句読点もなし。「待ってます」という3文字だけ。その余白が、なんかよかった。埋めなくていい余白というのが、あると知った夜だった。
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3日後の金曜日。渋谷駅のハチ公口で待っていた。
2月の渋谷は、意地悪なくらい寒かった。マフラーを二重に巻いても、耳の裏あたりがじんじんした。改札から吐き出される人の流れを眺めながら、La Maison du Chocolatの箱をコートのポケットに入れて、3日間引き出しの中にいたチョコのことを少し心配していた。溶けてないといいけど。そんなことを考えながら人波を目で追っていたら、向こうからコートの襟を立てた人が歩いてくるのが見えた。
顔が疲れていた。でも歩く速度が速かった。その矛盾した感じが、なんだかすごく彼らしかった。
「遅くなりましたが」と言いながら、ポケットから箱を出した。
彼が受け取って、「ありがとう」と言って、その場でリボンを解き始めた。
「ここで?」
「食べたい」
改札前だった。人が流れていた。寒かった。彼はチョコをひとつ取り出して口に入れて、少し間を置いてから「おいしい」と言った。
「それだけですか」と聞いたら、少し笑った。笑ってから、「付き合いましょう」と言われた。
声がうわずった。自分でもびっくりした。スマホ越しに「好きです」と打ったとき、声は全然うわずらなかった。指先は震えていたけど、声は関係なかった。なのに面と向かったら、「はい」のたった2文字がまともに出てこなかった。
テキストで言う方が正直になれる、というのは本当だと思う。でも、声がうわずるのは直接だけだ。どちらが「本物」なのかなんて、たぶん決められない。どちらも本物で、どちらも半分だ。
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あのバレンタインのLINEを、今でも時々読み返す。
「好きです。もっと一緒にいたいです」という22文字。余計なものが何もない。絵文字もない。「伝わるかな」とか「重かったらどうしよう」とか、そういう保険もかけていない。深夜の台所でホットミルクを飲みながら、引き出しの中のチョコより先に届けてしまった言葉。
チョコはその場で食べられて、もうない。でも22文字は、スマホの中にまだある。
言葉は、溶けない。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。