半年前に「違う」と決めた人から連絡が来て、もう一度だけ会いに行った
アプリで一度会って、自然消滅させた人からLINEが届いた。断る理由もなくて、恵比寿で2時間話したら、「違う」と思っていた理由を思い出せなくなっていた。
スマホの画面を、三回くらい見返した。
「久しぶりです。元気ですか」
送信時刻は、平日の昼12時17分。名前を見て、一秒くらい止まった。半年前にアプリでマッチして、一度だけ会って、そのまま連絡を途絶えさせた人。なぜLINEを持っているのかと思ったら、ちゃんと交換していたらしい。自分のことなのに、覚えていなかった。
その頃の私は、割と機械的に動いていたと思う。週に二、三人と会って、「なんか違う」と感じたらそっと画面から消えていく。特別に残酷なことをしているつもりはなかった。みんなそうやっているから、と思っていた。
彼を消した理由も、たいしたものじゃなかった。「話が合わない気がした」「見た目がそこまで好みじゃなかった」。今思うと、根拠が薄い。一回会っただけで、渋谷の騒がしいカフェで、お互いにまだよそ行きの声で話していた、あの一時間で。
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返信しなければよかった、とは思わなかった。
「元気です。あなたは?」
打ち込んで、送った。なんとなく。深い意味はなかったけど、完全に無意味でもなかった。なぜかというと、その日の朝、会社でちょっとしんどいことがあって、昼休みにひとりでコンビニのおにぎりを食べていた。人肌みたいなものが、少しだけ欲しかったのかもしれない。
やりとりは続いた。「仕事がちょっと変わって」「そうなんですね、大変でしたか」「まあ、慣れてきました」。他愛ない言葉の往復。でも彼の返信は、なぜかテンポがよかった。急かしてこないし、既読無視もしない。ちゃんと読んでいる感じがした。
「またどこかで話せたら嬉しいです」
そのメッセージが来たとき、断る言葉が出てこなかった。忙しくもなかったし、嫌いなわけでもない。「違う」と思った理由が、もう霧みたいに薄くなっていた。
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11月の恵比寿は、夜になると少し冷える。
ログロードの石畳を歩きながら、「なんで来たんだろう」とぼんやり考えていた。好きで来たのか、暇で来たのか、自分でもわからなかった。胸の中に、期待とも緊張とも言えない何かが、小石みたいに転がっていた。
彼は先に来ていた。駅前のバーの入口で、スマホを見ながら立っていた。半年前と同じ紺色のコート。記憶よりすこし、背が高かった。
席に着いて、グラスが来て、話し始める。最初の五分は、「やっぱり違う気がする」と思っていた。正直に言うと。どこかよそよそしい空気が、まだ残っていて。私も彼も、半年前の一回を引きずっていた。
でも、変わったのはそこからだった。
私が仕事の愚痴を言い始めたとき、彼は遮らなかった。うなずきながら、「それ、どういう状況だったんですか」と聞いてきた。説明を求めるんじゃなくて、もっと聞きたいから聞く、みたいな感じで。気がついたら、私はお気に入りのワインバー「リストランテ ラ・スコリエラ」の話まで、なぜかしていた。行ったこともない彼に。
「前も、こんな感じでしたか」
自分でも変なことを聞いていると思った。
「どうでしょう」と彼は少し笑って、「変わったかもしれません」と言った。
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変わったのは、私の方かもしれなかった。
グラスを傾けながら、「なんか違う」と切り捨てた半年前の自分のことを、思っていた。あのころ、私は何を探していたんだろう。一回目で確信が持てない人は、最初から違うと思い込んでいた。ドラマみたいな「ピン」とくる感覚を、恋愛に求めていた。
でも実際のところ、人ってそんなに一瞬でわかるものじゃない。
彼は2時間、私の話を遮らなかった。自分の話もした。仕事のこと、地元の話、大学のときに夢中だったこと。渋谷のカフェで聞いた「彼」と、同じ人のはずなのに、全然違った。同じ曲なのに、音響が変わると別の曲に聞こえる、みたいな。
帰り道、恵比寿駅のホームで電車を待ちながら、「また会いたい」と思った。自分でも少し、驚いた。
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その後、四回会った。
代官山を歩いたり、新宿三丁目の小さな居酒屋でしこたま食べたり、雨の日に彼の家の近くのスーパーで一緒に買い物をしたり。気がついたら、「付き合ってください」という言葉より先に、一緒にいることが普通になっていた。
「あのとき返事しなかったら」と、ときどき考える。
コンビニで昼ごはんを食べていたあの日、「元気です」の五文字を打たなかったら。そのまま彼の名前は、LINEの画面の奥で埋もれていた。
怖いのは、「なんか違う」という感覚が、完全な嘘じゃなかったことだ。あのとき確かに、そう感じた。でも今思うと、それは「今この瞬間は」という意味でしかなかった。人を知るには、一回の一時間は短すぎた。
それに、人はちゃんと変わる。環境で、時間で、少しずつ。彼も変わっていたかもしれないし、私が変わっていたのかもしれない。どちらかというと、たぶん両方。
彼は今でも、私の話を最後まで聞く。それが好きだと、最近ようやく言葉にできた。
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「なんか違う」は終わりじゃなくて、「まだ知らない」のサインだったのかもしれない。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。