同じイルミネーション、違う人と——「寒い」と言える関係かどうかの話
去年は「寒い」と言えなかった。今年は言えた。たったそれだけで、全部違った。
恵比寿ガーデンプレイスのバカラのシャンデリアは、12月になると点灯する。
去年も来た。今年も来た。同じシャンデリア、同じ広場、同じ12月の夜。でも全部、違った。
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去年は、3年付き合った彼と来た。
3年間、毎年ここに来ていた。1年目は「きれいだね」と言い合って温かい飲み物を飲んだ。2年目は少し慣れた感じで、でもそれなりに楽しかった。3年目——去年——は、広場に出た瞬間から何かが噛み合っていなかった。
寒かった。
「寒い」と言いたかった。どこかに入ろう、温かいもの飲もう、と言いたかった。でも彼はシャンデリアを見ながら黙っていて、話しかけても返事が短くて、「今は話しかけないほうがいい」という空気が漂っていた。
「寒い」という一言が言えなかった。3年間付き合って、「寒い」が言えなかった。
結局、30分立って見て、「帰る?」「うん」で終わった。電車の中でも話さなかった。家に帰って、一人で「寒かったな」と思いながらお風呂に入った。
その冬に別れた。「寒い」が言えなかった関係は、冬に終わった。
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今年は、Pairsで4回デートした渡辺さんと来た。
28歳。「恵比寿近辺が好きです」とプロフィールに書いてあったから、「恵比寿ガーデンプレイスのイルミネーション、一緒に行きませんか」とこちらから提案した。「行きましょう」と即答だった。
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広場に入って、シャンデリアを見上げた。やっぱりきれいだった。去年と同じ光量で、同じ場所に吊るされていた。でも去年と全然違う感じがした。
1分くらい黙って見ていたら、「寒いですね」と渡辺さんが言った。「寒いですね」と私も言った。「温かいもの飲みましょうか」「飲みましょう」。
それだけのことだった。でも、喉の奥でじんわりと溶けた。
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「図書館でそれぞれ本を読みましょう」。変なデートだと思った。でも千駄木の図書館で4時間過ごして、帰り道、私は初めてこの人のことが好きだと気づいた。
「寒い」が言える。「寒い」に答えてくれる。
ホットワインを二つ買って、広場のベンチに並んで座った。「よかったですね、来て」と渡辺さんが言う。「よかったです」と私も言う。その「よかった」の4文字を、3年間聞いていなかった。
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言おうとして、言うのをやめた。この場所に去年も来たこと、「寒い」と言えなかったこと。でも結局、口から出ていた。
「ここ、去年も来たんですけど、その頃付き合ってた人と。30分立ったまま黙って見て帰りました」
渡辺さんは少し黙った。
「それは寒かったですね」と言った。「イルミネーションじゃなくて」。
その言い方が、思ったよりずっとちゃんと受け取ってくれた感じがして、手が少し震えた。寒さだけじゃなかったと思う。目の奥が少し熱くなった。
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帰り道、渡辺さんは私の歩く速さに合わせて歩いた。話さなくていい時間は、話さなかった。でも去年の沈黙と全然違う感触だった。
「寒い」と言えるかどうか。それが全部だった。
関係の深さは、言えることの数で測れる。特別なことじゃなくて、「寒い」「眠い」「疲れた」が言えるかどうか。それが答えだった。
同じ場所でも、隣にいる人が違えば、寒さの意味が変わる。
今年のクリスマスは、渡辺さんと恵比寿に来た。「また来ましょう」と先に言ったのは彼だった。「寒い」と言える関係は、次を約束できる。
「よかった」の4文字。去年の3年間でなかったものが、今年の4回目のデートで出てきた。場所は関係ない。人が全部だった。
「寒いですね」と言えた夜が、今年の12月の一番の記憶だ。シャンデリアの光より、その言葉の方が温かかった。
恵比寿ガーデンプレイスに来るたびに、去年の30分立ったままの時間と、今年のホットワインを思い出す。同じ場所の、全然違う記憶が重なる。どちらも消えない。でも後者を、もっと重ねていく。
去年も今年も、同じシャンデリアが点灯する。来年も点灯する。来年は、渡辺さんと「寒い」と言い合いながら見る。それだけで、十分だ。
「寒い」と言える関係に辿り着くのに、3年かかった。でも今年でわかった。場所より、隣にいる人が全部だ。
シャンデリアは毎年、12月に点灯して、1月に消える。人と人との距離も、近くなったり遠くなったりする。でも今年は、「寒い」と言えた。それを来年も覚えていたい。
「寒い」「寒いですね」。その4文字の往復が、恵比寿の夜を温かくした。来年も、また来る。
去年の沈黙と今年の「寒い」が、同じ場所に重なっている。同じシャンデリアが、全然違う夜を照らした。
来年の12月、また恵比寿に来る。そのとき「寒い」と言える人が隣にいることを、今から楽しみにしている。
寒さを共有できる人が、一番温かい人だ。
「寒いですね」という一言が、去年と今年の12月を分けた。言葉ひとつで、冬が違う温度になった。
同じシャンデリアの下で、去年は黙っていた。今年は話せた。それだけで、12月が別の季節になった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。