東京転勤が決まった日、2回しか会っていない人に「好きだから」と言った
大阪から東京へ。辞令が出た次の日、まだ2回しかデートしていない人に、全部話した。「会えますか。好きだから」。あの衝動的な正直さが、後の全てを決めた。
辞令が出たのは木曜日の夕方だった。
上司に呼ばれて、「4月から東京の本社勤務になってもらう」と告げられた。椅子に座ったまま、しばらく何も言えなかった。窓から梅田のビル群が見えた。オフィスを出て、御堂筋の銀杏並木を歩いていたら、3月の夕陽が街路樹を赤く染めていた。銀杏の枯れた葉が風で舞い上がって、靴の先に貼りついた。3週間後には、この道を歩かなくなる。
東京。4月。約3週間後。
スマホを開いたら、Pairsの通知があった。コウヘイから。「今週末、また会えますか」というメッセージ。
2回しか会っていない人だった。1回目は梅田のカフェ、2回目は北浜の川沿いのバーで、「おいしい」と言いながら二人でポルトガルのオレンジワインを飲んだ。Pairsで出会って、話が合って、また会いたいと思った。でも「また会いたい」の先がどこに行くかは、まだ何も決まっていなかった。彼のことを「好き」なのかどうかも、まだ確信がなかった。ただ一緒にいると気持ちが少し楽になる、という感覚だけが、2回のデートの積み重ねにあった。
東京に行く前に、言おうと思った。
考えた時間は10秒もなかった。衝動に近かった。3週間後には大阪を去る。そのまま何も言わずに東京に行ったら、コウヘイとのやりとりはそのまま自然消滅する。「実は転勤で」という言い訳めいたLINEを送って、「そうなんですね、お仕事頑張ってください」という返信が来て、それで終わる。そういう終わり方が一番楽で、一番嫌だった。
「転勤が決まりました。4月から東京です。その前に一回会えますか。好きだから、ちゃんと話したくて」
送った。御堂筋の真ん中で立ち止まって、通行人が脇を追い抜いていく中で、送った。送信ボタンを押した後、スマホを胸に押しつけて、銀杏の木を見上げた。枝だけになった梢が、夕空に黒く浮かんでいた。
既読がついたのは20分後。彼は仕事中だったはずだ。
「え。急すぎる。いつ決まったんですか」
「今日の夕方」
「それで今日連絡してきたんですか」
「うん。会いたかった」
少し間があった。5分くらい。その5分間、スマホを見たり手を見たり、難波のネオンがちらつく帰り道を歩いたりした。
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3回目のデートは、図書館で黙って本を読んだ
「図書館でそれぞれ本を読みましょう」。変なデートだと思った。でも千駄木の図書館で4時間過ごして、帰り道、私は初めてこの人のことが好きだと気づいた。
「今週末、会いましょう。土曜の夜、空いてます」
土曜日、南堀江のワインバーで会った。堀江のおしゃれな通りに面した店で、彼が先に来ていた。テーブルにワインが2杯並んでいた。赤。彼が私のことを覚えていてくれた、ということだ。2回目のデートで「赤ワインの方が好きです」と言ったのを。
「4月いつ?」
「4月5日に引っ越し」
「3週間か」
「うん」
「好き、って言ってくれましたね」
「言いました」
「遠距離になるのに、言ってくれたんですね」
「言わなかったら後悔すると思ったから」
彼がワインを一口飲んで、グラスを置いて、「俺も好きです」と言った。テーブルクロスを見たまま言った。顔が少し赤かった。梅田のビルから差し込む夜の光が横顔に当たっていた。窓の向こうで、南堀江の路地の照明がゆらゆらしていた。
「東京行っても会えますか」
「行きます」と彼が言った。「月に一回は絶対行く」
「大阪から東京って」
「新幹線で2時間半だから。全然行ける」
「……本当に」
「本当に」
奥歯を噛んだ。ワインのグラスを両手で包んで、液体の揺れを見ながら、なんか変なところで泣きそうになっていた。3週間前まで知らなかった人が、月に一度新幹線で会いに来ると言っている。
4月から遠距離になって、彼は約束通り月に一度、新幹線で東京に来た。私も2ヶ月に一回、大阪に帰った。土曜の午後に新大阪で降りて、中崎町で昼ごはんを食べて、また難波のバーで飲んで、日曜の夕方に東京に戻る。その繰り返し。
半年後に彼も東京に転職した。理由は「近くにいたかったから」だった。転職活動をしていたことを、私は一切知らなかった。「近くにいたかった」と言われた夜、中目黒のファミレスでコーヒーを飲みながら、喉の奥になんかつかえた感じがして、うまく喋れなかった。
「好きだから」の一言が、全部動かした。言わなかったら、4月の引っ越しの日、何も持たずに御堂筋を歩いていたと思う。銀杏並木の下を、一人で。
正直に言うタイミングは、「準備ができてから」より「今しかない」の方が、ずっと多い。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。