付き合って4ヶ月、「好き」と言えなかった彼の代わりに私が言った夜
彼がそう思っているのはわかっていた。でも言葉にしない人だった。待つのをやめて、先に言った。3秒の沈黙の後に彼が言ったことが、今でも耳に残っている。
言葉を使わない人がいる。
withで出会ったケンジ、31歳、エンジニア。付き合って4ヶ月。デートでは楽しそうにしているし、帰り際に「また会いたい」と言うし、私のことを誰かに紹介する時には「付き合ってる人」と言ってくれていた。でも「好き」という言葉を一度も聞いたことがなかった。
聞いたことがないというより、言えない人なんだと思っていた。感情を言語化することに慣れていないか、言葉にすることが恥ずかしいか、どちらかだった。職業柄なのかどうかわからないけど、コードを書く人って、言語より動作で意思を表す人が多い気がする(偏見かもしれないけど)。ケンジも、そういう人だった。
私は言いたかった。向こうからも聞きたかった。
でも「言ってよ」と催促するのも違うし、言わなかったらこのまま何も言わない関係になる気がしていた。3ヶ月目くらいから、ずっとそれが引っかかっていた。夜中に一人でスマホを眺めながら、「好き」って4文字、打てないのかな、と思ったことが何度もある。打てないんじゃなくて、打たない人なんだろうけど。
4ヶ月目の土曜日。恵比寿のバーでワインを2杯飲んで、夜の10時すぎ。彼が「ちょっとそこのコンビニ寄ってもいい」と言った。何か買うものがあったらしい。私は外で待ちながら、夜風を浴びながら、恵比寿の街灯が並ぶ通りを見ていた。10月の夜、少し冷えてきた。コートを持ってこなかったことを後悔しながら、ふと思った。
今日、言おう。
彼がコンビニを出てきた。お茶のペットボトルを持って。「はい」と私に渡してきた。伊右衛門の緑茶。私がいつも飲んでいるやつ。3回目のデートからずっと、コンビニに寄るたびに彼は私の分を買ってきた。一度も「何がいいですか」と聞かなかった。ただ黙って、毎回伊右衛門を買ってきた。
「好き」
言った。ペットボトルを受け取りながら。短く。一言。
彼が止まった。
1秒。2秒。3秒。
その3秒間、コンビニの照明が背後から当たっていて、彼の顔の半分が影になっていた。表情が読めなかった。心臓の音が耳の奥で鳴っていた。言ってしまった、という後悔と、言えた、という安堵が、同時に来た。喉が乾いた。さっき受け取ったお茶を開けたかったけど、そんな場合じゃなかった。
「……俺も」
小声で言った。目線がちょっと外れた。耳が赤かった。コンビニの明かりのせいじゃない、間違いなく本人の色だった。街灯の下、10月の夜気の中で、耳たぶまで赤くなっていた。
「それだけ?」
「それだけって何」
「もう少し言葉ありますよ普通」
「……好きだよ」と彼が言った。今度は少しだけ声が大きくなった。「ずっとそう思ってたけど、なんか言えなくて」
「4ヶ月も?」
「4ヶ月も」
「何してたの4ヶ月」
「言えなかっただけで……ちゃんと思ってた」
「私も言ってなかったけどね」
「え」
「4ヶ月、ずっと言いたかったんですよ」
彼が少し口を開けたまま、何も言わなかった。「なんで言わなかったの」と聞くと、「お前が先に言えよって思ってた」と来るから、「あなたがそれを言うの」という顔をしたら、「なんで笑うんだ」って言って、そこでようやく二人でちゃんと笑えた。
呆れたような気持ちと、なんか愛おしいような気持ちが同時に来た。頬の筋肉が動いているのが自分でわかった。
「先に言ってよかった」
「うん。ありがとう」
「お礼を言うものじゃないでしょ普通は」
「でも言いたくて」
彼がお茶のペットボトルを受け取って、普通に歩き始めた。私も歩いた。並んで歩きながら、彼の手が私の手に重なった。ぎゅっとはしてこなかった。ただ、重ねただけ。それがケンジらしかった。言葉じゃなくて、手を重ねるやつ。
恵比寿の夜道を、2人で歩いた。言葉は少なかった。でも手だけはずっと繋いでいた。
言葉は、待っていても来ないことがある。来ないなら、自分で言えばいい。向こうの言葉を引き出すための一言を、先に自分が持つ。それは弱さじゃなくて、むしろ勇気だと今は思っている。
「好き」はたった2文字。でもその2文字が来るまでの3秒が、あの4ヶ月で一番長かった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。