初デートで話しすぎた。なぜ沈黙が怖かったのか、やっとわかった
3時間話し続けて、帰宅してから「やりすぎた」と思った。沈黙が怖い人が恋愛でやってしまいがちなこと。
3時間、私はひとりで喋り続けた
Pairsで出会った彼と、初めて会ったのは恵比寿のイタリアン。待ち合わせ場所に着いたとき、「思ったより背が高い」と思った。それだけで少し心臓が跳ねた。
席についてメニューを開いた瞬間から、私の口は止まらなくなった。仕事の話、家族の話、好きな映画の話、最近読んだ本の話。話題が一個終わりそうになると、脳みそが猛スピードで次のネタを引っ張り出してきた。「ねえ、旅行は好き?」「お酒強い方?」「出身どこでしたっけ」。矢継ぎ早に質問して、彼が答えている途中でもう頭の中では次の質問を用意していた。
3時間後、中目黒の駅で別れた。電車に乗ってドアが閉まった瞬間、どっと疲れた。スマホで時間を確認したら23時を過ぎていた。
座席に沈み込みながら思った。あれ、彼のこと、何も聞けてない。
家に帰ってから気づいた「やりすぎた」の感覚
玄関のドアを閉めて、靴を脱ぐ前にスマホを開いた。彼からLINEが来ていた。「今日楽しかったです、また会いましょう」。
ほっとした。でも喉の奥に何かがつかえた。
「楽しかった」のは本当かもしれない。でも私は今日、この人のことをほとんど知れなかった。彼が話そうとしたとき、たぶん私が被せていた。相手が「そういえば——」と言いかけたタイミングで、「わかる!私もそれ思う、なんか——」とかぶせていた気がする。気がする、じゃなくて、たぶんそうだった。
聞いた量の倍は喋った。もっとかもしれない。
なんで話しすぎるんだろう。布団に入ってからも、その問いが頭をぐるぐるした。
沈黙が怖い、その正体
答えはわりと早く出た。怖かったのだ。沈黙が。
会話が途切れる=場が死ぬ=私がつまらない人間だと思われる。この方程式が頭の中に完全にインストールされていた。27歳になった今も、ずっとそのまま。
思い返せば中学のころからそうだった。グループでの昼ごはん、友達の家でのたまり、バイト先の休憩室。沈黙になると体がざわっとして、なんでもいいから喋らなきゃと思っていた。それがそのまま恋愛のデートにも持ち込まれていた。
だから話題が途切れそうになると、次の話題を先読みして喋り続けた。相手が話そうとしているのに、0.5秒速いタイミングで私が口を開いてしまう。結果、彼は「聞き役」になるしかなかった。
しんどかっただろうな、と思う。正直に。
「うん、ちょっとそう思ってた」
その彼とはその後も3回ほど会う関係になった。5回目のデートで、下北沢の小さなバーでハイボールを飲みながら、思い切って聞いた。
「ねえ、最初のデート。私、話しすぎなかった?」
一瞬の間があった。彼は笑った。「うん、ちょっとそう思ってた」
「マジで?」
「でも緊張してるのはわかったから、そんなに気にしなかったけど」
笑顔で言われたのが救いだった。でも同時に、ちゃんと気づかれていたのだということも、その笑顔でわかった。「気にしなかった」は「気になってなかった」じゃない。気にしていたけど、許してくれていた。それだけのことだ。
許してもらえたことに甘えるのは、なんか違うと思った。
沈黙は「死」じゃなかった
それから意識が変わった。少しずつ、ゆっくり。
沈黙は、考えている時間だ。コーヒーカップに手を伸ばす時間だ。窓の外を一緒に見る時間だ。相手の横顔を、会話の邪魔なく眺められる、数少ないチャンスでもある。
話しすぎると何が起きるか。「この人と話すのは疲れる」という印象になる。これ、自分が受ける側になれば一発でわかる。ずっとしゃべり続ける人と向き合っていると、うなずくのがだんだんしんどくなってくる。「えー」「そうなんだ」の相槌が義務になってくる。
逆に、沈黙のなかでも居心地がいい人がいる。一緒にいてラクな人、と言われる人。そういう人は、喋らないことを恐れていない。静かな間を、関係のすき間じゃなくて、関係そのものとして扱っている。
私が目指すべきはそっちだった。
実際に変えた3つのこと
頭でわかってもなかなか変わらないのが人間なので、行動レベルで具体的に決めた。
1. 質問したら、答えが終わるまで黙って待つ。相手が話し終えて、さらに1秒待つ。そこで初めて口を開く。最初はこの1秒が恐ろしく長く感じた。吉祥寺のカフェで試したとき、脳が「喋れ喋れ」と叫んでいた。でもその1秒で、相手が続きを話してくれることに気づいた。待てば、向こうが埋めてくれる。
2. 会話の3割くらいは相手が話している状態を目指す。これは数字にしたのがよかった。感覚じゃなくて、ざっくりでも「今日は相手が話してる時間、短くなかった?」と帰りの電車でチェックする。3割というのは別に根拠はないけど、目標値があると意識が変わった。
3. 沈黙になったら、飲み物を飲む。これが一番シンプルで一番効いた。間を持て余したとき、とにかくグラスを持ってひと口飲む。それだけで「沈黙を埋めなきゃ」という焦りが少し落ち着く。飲み終わるころには、相手が何か言っていたり、自分の中に自然な話題が浮かんでいたりする。沈黙の処理として、これだけで十分だった。
「また会いたい」が増えた理由
正直なことを言う。上手くなった実感は、まだあまりない。今でも調子に乗って話しすぎる夜がある。帰りの電車でまた「やりすぎた」と思う夜がある。
でも変わったことがある。「また会いたい」と言われる回数が増えた。
話し上手になったからじゃないと思う。聞いてもらう側に立てるようになってきたから、相手が「この人といると自分の話ができる」と感じるようになったんじゃないか。そう考えている。
Omaiで出会った人に、最近こう言われた。「なんか、一緒にいてラクです」。
ラク、か。昔の私が一番なれないと思っていた言葉だ。
沈黙を埋めることをやめたら、ようやく「ラク」に近づけた気がする。埋めなかった余白に、ちゃんと何かが宿っていた。
よくある質問
初デートで話しすぎてしまった場合どうすればいい↓
沈黙が怖い心理の原因は何か↓
恋愛で沈黙を克服するトレーニング方法↓
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。