背景に歯ブラシが映っていた夜、ダメ出しされた写真の話
洗面台の鏡で撮った自撮り。蛍光灯で顔色が悪くて、背景に歯ブラシとコップが映っていた。渋谷の焼き鳥屋で同僚に見せたら、2秒で「無理」と言われた。プロフィール写真がダメだった理由は、顔じゃなくて撮り方だった。
正直に言う。歯ブラシが映っていたのに、友達に2秒でダメ出しされた。
3ヶ月間、Omiaiでその写真を使い続けた。
いいねは週に2件。2件来ればいい方で、ゼロの週もあった。「まあ、顔がそこまでじゃないし」と思っていた。鏡に映る自分の顔が特別かっこいいとは思わないけど、別にひどくもない。中の中。その「中の中」がアプリでは埋もれるんだろう、と。
そう思い込んでいた時期が、一番もったいなかった。
渋谷のガード下で2秒のダメ出し
金曜日の夜、渋谷のガード下にある焼き鳥屋。会社の同僚4人で飲んでいて、誰かがマッチングアプリの話を始めた。「俺も最近始めたんだよ」と言ったら、隣の席の山田が「見せて」とスマホを奪い取った。
画面を見て、2秒。
「無理。これは無理」
箸を置いて、はっきり言われた。ビールのジョッキ越しに、向かいの女性の同僚も画面を覗き込んで、苦笑いしていた。
「なんで洗面所?」
「歯ブラシ映ってるじゃん」
「顔色悪くない? 蛍光灯のせいだよこれ」
3人から同時に突っ込まれて、耳の奥が熱くなった。焼き鳥の煙で目がしみたフリをした。しみてなかった。恥ずかしかっただけだ。
なぜ洗面所で撮ったのか
理由は単純で、他に場所が思いつかなかったから。
朝、出勤前に「そうだ、写真撮らなきゃ」と思い立って、一番手近な鏡の前に立った。カメラを起動して、インカメラに切り替えて、とりあえず1枚。表情が硬かったからもう1枚。3枚目で「まあこんなもんか」と妥協した。
所要時間、たぶん40秒。
冷静に考えると、40秒で撮った写真に3ヶ月の運命を託していたことになる。履歴書の証明写真だって、もう少し気を使う。なのにマッチングアプリの写真は、朝の洗面所で40秒。その感覚のずれに、山田のダメ出しがあるまで気づけなかった。
歯ブラシが映っている写真の何がダメなのか
山田に言われたことを、翌日ひとりで整理した。
まず、背景。洗面所の壁、歯ブラシスタンド、プラスチックのコップ、排水溝の蓋。写真を見た人が最初に受ける印象は「この人の生活空間」だ。きれいに片づけていたとしても、洗面所は洗面所。「休日にどこかへ出かける人」ではなく「家にいる人」の印象になる。
次に、照明。蛍光灯は上から光が当たるから、目の下に影ができる。顔色も青白く見える。飲食店の暖色の照明の下で見る顔と、蛍光灯の下で見る顔は、同じ人でも印象がまるで違う。コンビニの蛍光灯の下で自分の顔を見て「疲れてるな」と思ったことがある人は多いだろう。あれが写真に焼き付いている状態だった。
そして距離感。自撮りは腕の長さが限界だから、顔のアップになる。鼻の毛穴まで見えそうな距離で、知らない人の顔を突きつけられたら、誰だって引く。街で知らない人がその距離に来たら後ずさりするのに、写真では平気だと思っていた。
歯ブラシの問題は、歯ブラシ自体じゃない。「この写真にかけた手間がゼロである」ことが、見た人に一瞬で伝わってしまうことだ。
代々木公園で撮り直した日曜日
焼き鳥屋のダメ出しから3日後の日曜日。友達のタカシに頼んで、代々木公園で写真を撮り直した。
朝10時、原宿門から入って、芝生の広場のそばのベンチに座った。11月の空気がひんやり冷たくて、吐く息がかすかに白かった。木漏れ日が斜めに差していて、タカシが「この光いいじゃん」とスマホを構えた。
「笑え」
「笑ってるって」
「笑ってない。口だけ動いてて目が死んでる」
言われて、自分の表情がわからなくなった。「自然に笑う」って、意識した瞬間に自然じゃなくなる。鏡の前で練習しても、カメラを向けられると固まる。
タカシがやり方を変えた。「じゃあ俺の話聞いて。昨日さ、マッチした子とデートしたんだけど」と、自分の失敗談を話し始めた。待ち合わせ場所を間違えて30分遅刻した話。申し訳なさすぎて、駅の改札で土下座しかけた話。
笑った。声を出して笑った。その瞬間にシャッターが切れた。
20枚撮って、いい写真は3枚だった。打率15%。でもその3枚は、洗面所の自撮りとは別人みたいだった。同じ顔なのに。光が違う、距離が違う、表情が違う。ユニクロの紺色のオックスフォードシャツだったけど、背景の緑と朝の光で、それなりに見えた。
変えた結果
代々木公園の写真に差し替えた翌日。いいねが3件来た。
その週のトータルは8件。それまでの4倍。プロフィールの文章は一文字も変えていない。使っているアプリも同じ。変えたのは写真だけだ。
届くメッセージの中身も変わった。「写真の場所、公園ですか?」「笑顔が自然でいいですね」。写真が会話のきっかけになった。洗面所の自撮りには、誰も何もコメントしなかった。当たり前だ。歯ブラシに触れる言葉なんてない。
それでもまだ、少し恥ずかしい
3ヶ月間、歯ブラシの映った写真で戦っていたことを、今でもときどき思い出す。あの写真を見て「いいね」を押さなかった人たちの画面に、自分の洗面所が表示されていたと思うと、腹の底がきゅっとなる。
山田に焼き鳥屋でダメ出しされたあの夜がなかったら、たぶんまだあの写真のままだった。「顔のせいだ」と言い訳しながら、いいねが来ない理由を自分の容姿に押しつけて、一番楽な結論で止まっていた。
顔は変えられない。でも写真は変えられる。照明を変えて、距離を変えて、背景を変えるだけで、同じ顔でも見え方がまるで違う。
正直に言うと、タカシに撮ってもらった写真を初めて見たとき、「これ俺?」と聞いた。タカシは「お前だよ」と笑った。同じ顔だった。ただ、光が違っただけだった。
あの40秒の自撮りに3ヶ月を費やした自分に、今なら言える。歯ブラシは映すな、と。でもあの3ヶ月がなかったら、写真を変えたときの衝撃も味わえなかった。そう考えると、まあ、無駄ではなかったのかもしれない。いや、やっぱり無駄だった気がする。
よくある質問
マッチングアプリの写真は自撮りでもいいですか?↓
マッチングアプリの写真の加工はどこまでOKですか?↓
写真を撮る場所はどこがいいですか?↓
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。