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恋愛体験談

「おめでとう」を7回言った年、私だけが元の場所に立っていた

友達が全員結婚した年末、一人で過ごした夜のことを今でも正確に覚えている。あの孤独は痛かったけれど、あの静けさの中でだけ、私は自分の声を聞いていた。

·橘みあ·6分で読める

12月31日の夜、私は渋谷のドン・キホーテで一人で年越しそばを選んでいた。


かごに入れたのは、二人前のやつ。なぜかわからないけど、一人前より二人前のほうが安くて、それがなんとなく腹立たしかった。レジに並びながら、スマートフォンを見る。Instagramのストーリーがどんどん流れていく。紅白のテレビを映したやつ、家族と囲む鍋、「今年もよろしく」って書いたカップルの自撮り。私の元同僚の渡辺さんが、旦那さんと並んで笑っている。今年の6月に結婚式に呼ばれた人だ。


画面を閉じた。また開いた。また閉じた。


その年、親しい友達が七人結婚した。七人全員に、私は「おめでとう」と言った。結婚式に三回出席した。一次会だけで帰ったこともあったし、二次会のカラオケで壁際に立っていたこともあった。「おめでとう」は毎回口から出た。でも、喉のあたりにいつも何かが引っかかっていた。言葉が通過するたびに、ちょっとだけ削れていくような感覚。本物の気持ちって、もっとするっと出るはずじゃないのか、とずっと思っていた。


三十二歳だった。


一番仲の良かった麻衣が結婚を報告してきたのは、桜が咲き始めた頃で、私たちは恵比寿のアトレにあるカフェで会っていた。彼女はアイスラテを飲みながら、「実はね」と言って、少し間を置いた。その間が、なんとなくわかった。私は先に「おめでとう」と言ってしまった。麻衣は目を細めて、「ありがとう、なんかバレてた?」って笑った。


嬉しかった。本当に。


でも帰りの日比谷線の中で、つり革を握りながら、私はずっと窓の外を見ていた。トンネルだから何も見えないのに。


十月に麻衣の結婚式があって、私はスピーチを頼まれた。前日の夜、何度も練習した。泣かないようにしようと思っていたのに、途中で声が詰まった。麻衣も泣いていた。それは本物だったと思う。でもその後、披露宴の席で隣に座った知らない人と話しながら、私はどこかぼんやりしていた。シャンパンが美味しいな、とか、この会場のシャンデリア綺麗だな、とか、そういうことばかり考えていた。


年が明けて、元旦の朝。


目が覚めたら九時だった。カーテンを開けると、冬の光がフローリングに伸びていた。静かだった。隣の部屋の音も、外の音も、ほとんど聞こえなかった。一人暮らしの部屋って、元日はこんなに静かなんだと思った。テレビをつけた。また消した。スマートフォンを見ると、麻衣からLINEが来ていた。「あけおめ!去年もありがとう、今年も一緒に遊ぼうね」。旦那さんと撮った初詣の写真が添付されていた。


「あけおめ!今年もよろしく」と返した。


それから、しばらく布団の中にいた。特に何も考えていなかった。いや、正確には、考えたくなかった。でも静かすぎると、考えてしまう。誰かと一緒にいれば聞こえない音が、一人だとはっきり聞こえてくる。自分が今何を望んでいるか。何に傷ついているか。どこに向かいたいか。うるさくて、目を閉じた。


あの年のSNSが辛かった理由を、今なら少し言語化できる。


誰かの幸せを見て落ち込んでいたわけじゃなかった、たぶん。比べていたわけでもない、とも言い切れないけど。一番きつかったのは、「みんなが向かっている方向」が画面の中にずっと映っていて、私だけその流れに乗れていないみたいな錯覚に陥ることだった。結婚することが正解で、していない私は何かを間違えているような、根拠のない、でも確かな圧力。フォローしている人たちは誰もそんなことを言っていないのに。


スクロールをやめれば済むのに、やめられなかった。傷口に自分で触れ続けるみたいに。


でも。


あの冬の孤独の中で、私は自分のことをとても正確に観察していた。誰かといるときには聞こえなかった自分の声が、あの静けさの中には確かにあった。私が本当に好きな音楽のこと。仕事で何が楽しくて何が苦しいか。人に合わせて笑っているとき、喉の奥がかすかに締まる感覚。そういうことを、私はあの年の年末年始に、ようやく聞き取っていた。


誰かと一緒にいる幸せは、一緒にいる人の声で自分の声が少し聞こえにくくなるという副作用を持っている。それを知ったのも、あの一人の年だった。


今でも麻衣の結婚式の日、帰りに一人で寄ったレコード屋のことを覚えている。渋谷のタワーレコードで、イヤホンを借りてArcade Fireの「The Suburbs」を聴いた。閉店間際の、誰もいないコーナーで、コートを着たまま立っていた。その曲のあの感触が、あのときの私にとっての「おめでとう」よりずっとリアルだった。


変な話だけど。


三十二歳の孤独な年末を、私はほとんど全部覚えている。どのコンビニで何を買ったか。どの曲を聴いて何を考えたか。誰かと過ごした賑やかな年末は、なんとなく混ざってぼんやりしているのに。


あの静けさが、私を私のまま置いておいてくれた。


孤独は痛かった。でも、痛い場所って、ちゃんと生きているということでもある。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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