職場の同僚がPairsに出てきた。スキップするか、いいねするか、3秒迷った
金曜の夜、ソファでPairsをスワイプしていたら、隣の席の田中さんが出てきた。写真は見覚えのあるジャケット。指が止まった。スキップか、いいねか。3秒が永遠に感じられた夜と、翌日のオフィスで起きたこと。
金曜の22時、部屋着のまま。
ソファに横になってPairsを開いた。今週は残業続きで、木曜にやっと1人にいいねを送っただけ。疲れた頭で、流れてくる顔をスワイプしていた。右、左、左。考えるより指が先に動く、あの感じ。
そこに、田中さんが出てきた。
総務部の田中さん。席が斜め前で、毎朝「おはようございます」と言い合う距離。写真は私服だったけど、3枚目に映っていたネイビーのジャケットに見覚えがあった。先月の歓迎会で着ていたやつだ。間違いない。
心臓がドクンと跳ねた。
指がスマホの上で止まって、画面の田中さんがこっちを向いていた。笑っている。知らない笑顔だった。オフィスで見るのとは違う、少しだけ力が抜けた表情。趣味の欄に「休日はランニングしてます」と書いてあった。知らなかった。
3秒。たぶん3秒だった。
スキップか、いいねか。いいねを押したらどうなる。田中さんの画面に私が出る。「え、◯◯さん?」と思われる。月曜のオフィスで、顔を合わせるたびにあの空気になる。スキップしたら——何も起きない。でも私は「田中さんがPairsをやっている」という事実を知ってしまう。知らなかったことには、もう戻れない。
手のひらが汗ばんでいた。たかがスワイプに、こんなに緊張するとは思わなかった。
スキップした。理由は説明できない
左にスワイプした。スキップ。
理由を聞かれたら困る。田中さんが嫌いなわけじゃない。むしろ職場では話しやすい人だし、飲み会で隣になると楽しい。でも「いいね」を押す指にはならなかった。職場の人間関係とアプリの距離感が、頭の中でぐちゃぐちゃになって、考えるのをやめて左に流した。
スマホを閉じた。天井を見た。「見なかったことにしよう」と思った。でも見た。
あのネイビーのジャケット。「休日はランニングしてます」の一行。田中さんにも、オフィスの外の生活があるんだ——当たり前のことなのに、当たり前のことを初めて知った感じがした。喉の奥がきゅっと締まった。
月曜日、席につくまでの30歩
土日は何も手につかなかった。嘘。手にはついた。洗濯もしたし、スーパーにも行った。ただ、レジに並んでいるときに田中さんの顔が浮かんで、「あの人も今ごろスワイプしてるのかな」と思ってしまっただけ。
月曜の朝、渋谷のオフィスに着いた。エレベーターを降りて、自分の席まで30歩くらい。その30歩が長かった。田中さんの席は、私の席から斜め前。視界に入る距離。
「おはようございます」
田中さんが先に言った。いつも通りの声、いつも通りのトーン。私の顔を見て、何も変わった様子はなかった。
「おはようございます」と返した。声、ちょっと裏返ったかもしれない。
席について、パソコンを開いた。隣の同僚が「今日寒くない?」と話しかけてきて、「寒い」と答えながら、視界の端で田中さんがコーヒーを飲んでいるのが見えた。
バレてない。たぶん。
でも、もし田中さん側の画面に私が表示されていたら?もし田中さんが私の写真を見て「あ、◯◯さんだ」と思っていたら?スキップしたのか、いいねしたのか、向こうにはわからない。でも「いる」ことは伝わる。
みぞおちのあたりが、ずっとざわついていた。
向こうも見ていたかもしれない
1週間後、ランチで後輩と話していたとき、後輩が言った。
「先輩、マッチングアプリってやってます?」
胃がひっくり返りそうになった。「え、なんで?」
「いや、最近始めようかなと思って。先輩詳しそうだから」
詳しそう。なんで。何が漏れてる。
「……まあ、ちょっとだけ」
「知り合いとか出てきたことあります?」
コーヒーカップを持つ手が震えた。「ない。ないよ」
嘘をついた。後輩は「そうですかー」と軽く流して、別の話題に移った。胸の裏側がじわっと熱くなった。嘘をつく必要はなかったのに、反射で否定してしまった。
身バレは「見つかること」だけじゃない
あの金曜日から2ヶ月経って、田中さんとは何も変わっていない。相変わらず斜め前の席で、相変わらず毎朝挨拶する。田中さんが私を見つけたかどうかは、わからない。聞く勇気はない。
身バレが怖いのは、「見つかること」だけじゃなかった。「アプリをやっている自分」を知られることが怖いんじゃなくて、「アプリをやっている自分を恥ずかしいと思っている自分」に気づくのが怖かった。
田中さんだってやっていた。私もやっている。恥ずかしいことじゃないはずなのに、あの3秒で、反射的に「バレたらまずい」と思った自分がいた。
Pairsの設定で、距離の絞り込みや職業での表示制限ができることは後から知った。でもそういう機能の話じゃないんだと思う。
月曜の朝、30歩の廊下を歩きながら思ったのは、「次に出てきたら、どうするんだろう」ということだった。
答えはまだ出ていない。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。