アプリをやめた後、半年して戻った。前より楽だった理由
疲れてPairsをアンインストールした。半年間、アプリなしで過ごした。戻ったら不思議と肩の力が抜けていた。何が変わったのか。変わったのはアプリじゃなくて、私の方だった。
Pairsをアンインストールしたのは、去年の9月だった。
理由は単純だった。疲れた。1年間使って、会った人数は20人以上。そのうち2回目のデートに進んだのは5人。付き合うまでいった人は、ゼロ。毎週末のデートが義務になって、日曜の夜にメッセージを返すのが苦痛になって、「いいね」の通知音が聞こえるたびにみぞおちが重くなった。
中目黒の自分の部屋で、スマホの画面を長押しして、アプリを削除した。「本当に削除しますか?」の確認画面に「はい」を押した瞬間、肩が3センチくらい下がった気がした。
アプリがない生活は、最初だけ不安だった
やめた翌日、無意識にスマホのアプリ一覧を開いた。Pairsがあった場所が空白になっている。その空白を見て、胃のあたりがきゅっとした。「これでいいのかな」という不安。25歳で独身、アプリをやめたら出会いがゼロになるんじゃないか。
でも1週間経ったら、不安は消えた。代わりに「何もしなくていい」という解放感が来た。
日曜の朝にメッセージを返さなくていい。週末のデートの予定を立てなくていい。プロフィール写真を気にしなくていい。それだけで、週末の時間が倍に増えた感覚があった。
10月、一人で吉祥寺のハモニカ横丁を歩いた。誰にも会う予定がない土曜の昼間。焼き鳥屋の前で足が止まって、一人で入った。生ビールを頼んで、焼き鳥を3本食べて、本を読んだ。隣の席のおじさんと少し話した。それだけの午後が、ここ1年で一番楽しかった。
11月、高校の友達と久しぶりに飲んだ。高円寺の居酒屋で3時間。恋愛の話は一切しなかった。仕事の愚痴と、来年の旅行の計画と、最近見たNetflixの話。アプリを使っていた頃は、友達と会っても「最近いい人いる?」が定番の話題だった。それがなくなっただけで、会話が軽くなった。
半年間で変わったのは、私の方だった
12月、1月、2月。季節が変わって、半年が経った。
何が変わったかを振り返ると、アプリを使っていた頃の自分が見える。
「いい人がいるはず」という期待を、毎日抱えていた。スマホを開くたびに「今日こそ」と思って、開くたびに「今日もダメだった」と感じていた。その繰り返しが、小さく自信を削っていた。自分では気づかないうちに、「選ばれない自分」という認知が積み重なっていた。
半年間アプリがない生活をして、その認知がリセットされた。誰にも選ばれなくても、一人で焼き鳥を食べて楽しめる自分がいる。友達と馬鹿話をして笑える自分がいる。休日に誰とも会わずに過ごしても、それはそれでいい。
「一人でも大丈夫」という感覚が、半年かけて戻ってきた。アプリを使う前は持っていたはずの、その感覚。
3月、アプリを再インストールした
3月の頭、桜がまだ咲く前に、Pairsを再インストールした。
理由は「寂しいから」ではなかった。代官山のカフェで一人で本を読んでいたとき、ふと「この景色を誰かと共有したいな」と思った。寂しさではなく、余裕から生まれた気持ちだった。
アプリを開いた瞬間、前とは感覚が違った。
「いいね」の数を気にしなかった。以前は毎日チェックして、増減に一喜一憂していた。今は週に1回見れば十分だった。マッチしなくても、みぞおちが重くならない。
メッセージの返信も、無理しなくなった。以前は「返さないと失礼」「遅いと印象が悪い」と焦っていた。今は「返したいときに返す」でいいと思えた。夜22時に来たメッセージに翌日の昼に返す。それで離れる人は、たぶん合わない。
プロフィール文も書き直した。以前は「こう書けばマッチ率が上がる」と攻略法を気にしていた。今回は「自分が言いたいこと」を書いた。「半年間アプリをやめてました。戻ってきました」と正直に書いた。
再開後の初デートは、不思議なくらい楽だった
再開して2週間後、マッチした人と三軒茶屋で会った。
以前のデートと決定的に違ったのは、「この人に気に入られなきゃ」という力みがなかったことだ。ただ話を聞いて、自分の話もして、コーヒーを飲んで帰った。合えば続くし、合わなければそれでいい。
相手の女性に「なんかリラックスしてますね」と言われた。以前の自分が聞いたらびっくりする言葉だ。1年前の初デートでは、手のひらが汗だらけで、声がうわずって、話題が途切れるたびに胃が痛くなっていた。
「半年、アプリやめてたんです」と言ったら、「え、私もやめてた時期あります」と返ってきた。そこから「アプリ疲れ」の話で30分盛り上がった。お互い一度離れた者同士の、共感があった。
休むことは、逃げじゃなかった
半年間の空白は、無駄じゃなかった。
アプリを使い続けることが正しいわけでも、やめ続けることが正しいわけでもない。疲れたら離れて、戻りたくなったら戻る。それでいい。
恵比寿の夜道を歩きながら考えた。アプリを再開して楽になったのは、アプリが変わったからじゃない。私が変わったからだ。「一人でも大丈夫」と思える自分でアプリを開くのと、「誰かがいないと不安」でアプリを開くのでは、同じ画面でも見える景色がまったく違う。
休むことは逃げじゃない。次に跳ぶための助走だ。
よくある質問
マッチングアプリに疲れたら、すぐにやめた方がいいですか?↓
アプリを休んでいる間、出会いがゼロになるのが不安です。どうすればいいですか?↓
休止後にアプリを再開したら、本当に楽になるものですか?↓
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。