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恋愛体験談エッセイ

映画で泣いた彼女と、泣けなかった私

12月の新宿バルト9、「花束みたいな恋をした」を隣で観た。彼女は泣いていた。私だけ泣けなかった。泣けなかったことより、泣けると思っていた彼女の気持ちが中央線の帰り道まで追いかけてきた夜のこと。

26歳・女性の体験
·橘みあ·6分で読める

12月の初旬、金曜日の夜。


新宿のバルト9に向かうエレベーターの中で、彼女はもうそわそわしていた。何度かスマホを確認して、また鞄にしまって。「この映画、ずっと見たかったの」と言ったとき、その声が少しだけ上ずっていた。公開当初に見逃したのが悔しくて、一人でサブスクで見ることを自分に禁じていたらしい。「絶対誰かと一緒に見るって決めてた」。それを聞いて、少し緊張した。誰かと、という言葉の重さに、うまく気づかないふりをしながら。


私は前情報なしで行った。あらすじも、評判も、何も知らないまま。


スクリーンの中で泣く横顔


ポップコーンのバターと、暖房のきいた空気。座席についてしばらくして予告が終わり、映画が始まった。スクリーンに光が走る。隣で彼女の呼吸が、ほんの少し変わった気がした。気のせいかもしれない。でも確かに感じた。彼女がそこにいる、という感覚が急に濃くなった。


だいたい1時間が経ったころ、気づいた。


泣いていた。静かに、でも確実に。手の甲を目元に当てて、それでも前を向いたまま、スクリーンを見続けていた。音を立てない泣き方だった。見てはいけないものを見ている気がして、でも目が離せなかった。暗闇の中、彼女の横顔が青白くぼんやり浮かんでいた。


私の目は、乾いたままだった。


映画は良かった。主人公たちの気持ちは、ちゃんとわかった。積み重なっていくすれ違い、追い詰められていく息苦しさ、愛しているのに一緒にいられなくなる理不尽さ。頭では全部、受け取っていた。なのに涙が来ない。胸の奥で何かが詰まっているような感覚だけが、ずっとある。


エンドロールの後で


明かりがついた。


彼女の目が赤かった。鼻の先が少しだけピンクになっていた。上映中に何度か盗み見た横顔と、今この顔が、同じ人のものだと思うと、なぜかうまく言葉が出てこなかった。


「泣けた?」


「……泣けなかった」


「なんで?」


「わからない」


本当にわからなかった。彼女は少し黙って、「そっか」とだけ言った。責めた感じはなかった。ただ、受け取ってくれた感じがした。


ロビーに出た。人が溢れていた。みんなどこかへ急いでいた。私たちは急がなかった。


「ご飯、食べる?」と彼女が言った。「食べよう」と答えた。


新宿の夜の街を並んで歩いた。彼女が先に歩いて、私がついていく。繁華街の光が彼女の黒い髪に滲んでいた。泣いた後なのに、歩き方がきびきびしていた。


駅の近くのラーメン屋に入った。カウンターが狭くて、肩が触れた。彼女は豚骨ラーメンを頼んだ。私は醤油にした。


「さっきの映画、また見たい」と彼女が言った。


「俺も」と言った。


「今度は泣けるといいね」


「かもね」


スープを啜った。熱かった。口の中が少し痛かった。でもそれが、なぜか今夜に合っていた。


涙が出なかった理由は、まだわからない。でもあの夜の彼女の横顔は、多分ずっと覚えている。暗闇の中で、音もなく、ちゃんと泣いていた。それが、羨ましかったのかもしれない。


泣けなかった理由


エンドロールが流れ始めたとき、隣で彼女が鼻をすすった。小さな音だった。スクリーンの光が彼女の頬を照らして、涙の筋が光っていた。ポップコーンの塩味と、バターの匂いがまだ漂っていた。


俺は泣いていなかった。泣きたかったのに、涙が出なかった。喉の奥に何かがつかえていて、それが上がってこなかった。


映画館を出て、新宿東口の雑踏に放り出された。22時の歌舞伎町のネオンが眩しくて、目を細めた。「どうだった?」と聞かれて、「良かった」としか言えなかった。彼女は目が赤くて、まだ少し鼻声だった。


「泣かなかったの?」


「泣けなかった」


「そっか」


靖国通りを歩きながら、彼女がドトールに入ろうと言った。ホットのカフェラテを頼んで、窓際の席に座った。カップの縁に唇をつけたとき、ラテの湯気が目に染みた。


「ねえ、あのシーンさ」と彼女が言いかけて、やめた。


「うん?」


「やっぱいい。でも、私あそこで泣いたの、映画だけのせいじゃないかも」


彼女の声が少し震えていた。カフェラテのカップを両手で包んでいた。指先が白かった。


帰りの丸ノ内線で、吊り革を握りながら考えた。泣けなかった理由。たぶん俺は、映画のなかの「終わり」より、隣にいる人の涙の方が怖かった。フィクションの別れには泣けるのに、現実の感情には身構えてしまう。


三軒茶屋の部屋に着いて、靴を脱いで、暗い部屋のソファに座ったとき、急に涙が出た。理由はわからない。映画のせいか、彼女のせいか、自分のせいか。区別がつかなかった。


翌朝、「昨日は楽しかった」とLINEを送った。


「泣けた?」と返ってきた。


「帰ってから、ちょっとだけ」


「よかった」


あの一言の意味を、俺はまだ考えている。

よくある質問

どこの映画館で何の映画を観たのですか?
12月の金曜夜、新宿のバルト9で「花束みたいな恋をした」を観ました。彼女がずっと観たかった映画で、一人でサブスクで観ることを自分に禁じていたほど大切にしていた作品でした。
なぜ泣けなかったのですか?
前情報なしで観た筆者は、映画の感情の波に乗れなかったようです。隣で泣いている彼女を見ながら、自分だけが泣けないことの居心地の悪さが、帰り道まで追いかけてきたと書かれています。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

#映画#カップル#花束みたいな恋をした#新宿#泣く

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