映画で泣いた彼女と、泣けなかった私
12月の新宿、「花束みたいな恋をした」を隣で見ながら、私だけ泣けなかった。泣けなかったことより、泣けると思っていた彼女の気持ちが、じわじわと中央線の車内まで追いかけてきた。
12月の初旬、金曜日の夜。
新宿のバルト9に向かうエレベーターの中で、彼女はもうそわそわしていた。何度かスマホを確認して、また鞄にしまって。「この映画、ずっと見たかったの」と言ったとき、その声が少しだけ上ずっていた。公開当初に見逃したのが悔しくて、一人でサブスクで見ることを自分に禁じていたらしい。「絶対誰かと一緒に見るって決めてた」。それを聞いて、少し緊張した。誰かと、という言葉の重さに、うまく気づかないふりをしながら。
私は前情報なしで行った。あらすじも、評判も、何も知らないまま。
ポップコーンのバターと、暖房のきいた空気。座席についてしばらくして予告が終わり、映画が始まった。スクリーンに光が走る。隣で彼女の呼吸が、ほんの少し変わった気がした。気のせいかもしれない。でも確かに感じた。彼女がそこにいる、という感覚が急に濃くなった。
だいたい1時間が経ったころ、気づいた。
泣いていた。静かに、でも確実に。手の甲を目元に当てて、それでも前を向いたまま、スクリーンを見続けていた。音を立てない泣き方だった。見てはいけないものを見ている気がして、でも目が離せなかった。暗闇の中、彼女の横顔が青白くぼんやり浮かんでいた。
私の目は、乾いたままだった。
映画は良かった。主人公たちの気持ちは、ちゃんとわかった。積み重なっていくすれ違い、追い詰められていく息苦しさ、愛しているのに一緒にいられなくなる理不尽さ。頭では全部、受け取っていた。なのに涙が来ない。胸の奥で何かが詰まっているような感覚だけが、ずっとある。
明かりがついた。
彼女の目が赤かった。鼻の先が少しだけピンクになっていた。上映中に何度か盗み見た横顔と、今この顔が、同じ人のものだと思うと、なぜかうまく言葉が出てこなかった。
「泣けた?」
「……泣けなかった」
「なんで?」
「わからない」
本当にわからなかった。言い訳を探していたわけじゃない。ただ、本当に、わからなかった。
帰り道、新宿の夜の街を駅まで歩いた。12月の空気は薄く冷えていて、どこかのビルのエントランスに小さなクリスマスツリーが飾ってあった。イルミネーションがぽつぽつと灯り始めた時期。靴底に夜のアスファルトの固さが伝わってくる。彼女は私の隣を、黙って歩いていた。
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「ごめん、変だよね」
「変じゃない。ただ、なんか……」
言葉が続かなかった。続けようとしているのがわかったけど、私も待てなかった。
「一緒に泣けると思ってたのかな」
「そう、かも」
それだけで、少しわかった。泣けなかったことより、泣けると思っていたのに泣けなかったことが、彼女の中に何かを残したんだと思う。映画への期待じゃなくて、私への、何かが。それがわかった瞬間、胸がぎゅっとなった。痛いとも違う、なんとも形容しがたい感覚。
「ごめんな」と言ったら、「なんで謝るの」と返ってきた。
「泣けなくて」
「そんなの謝ることじゃない」
「でも」
「でもじゃない」
少し怒ったような声だった。でも怒っているというより、困っているような声だった。私の謝罪の置き場所に、困っているような。
新宿駅の改札で別れた。
一人で中央線に乗り込んだ。扉の近くに立って、冷たい吊り革を握って、ぼんやりしていた。車窓に夜の街が流れていく。映画のラストシーンが頭の中で再生されていた。あのシーン。二人が最後に交わす、あれ。
そうしたら、来た。
鼻の奥がつん、とした。じわじわと視界がにじんだ。電車が駅に止まって、ドアが開いて、ホームに降りる人がいて、乗り込んでくる人がいて——その全部を見ているのか見ていないのかわからないまま、涙が出てきた。
映画のことを思っていたのか、隣で静かに泣いていた彼女のことを思っていたのか、今もわからない。たぶん、両方だと思う。胸の奥に詰まっていたものが、誰もいない場所まで来て初めて、動いた。
翌朝、「昨日帰りに泣いた」とLINEで送った。少し考えてから送った。送る必要があるかどうか、正直迷った。でも黙ったままでいると、何かがずれていく気がした。
「遅すぎ」
一行空いて、「でも、よかった」。
白いうさぎが泣いているスタンプが来た。TIMEのラインスタンプだったと思う。それで、何かが許されたような気がした。許す、という言葉が正しいかどうかもわからないけれど、あの夜の私のことを、彼女がちゃんと受け取ってくれた、という感覚だけは確かにあった。
次のデートのとき、「またあの映画見る?」と聞いたら「いいよ、でも次は一緒に泣いてね」と言われた。「努力します」と答えたら「努力で泣けないでしょ」と笑われた。そうだよな、と思った。泣くことは努力でどうにかなるものじゃない。感情は、いつだって自分のタイミングで来る。
泣けなかった夜のことを、今も二人で話す。あの映画は私たちにとって、ちょっとした共有の記憶になった。観たのは一緒でも、泣いた場所はそれぞれ別々の夜だった、という話。
遅れて届く感情にも、ちゃんと居場所がある。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。