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恋愛体験談エッセイ

誕生日サプライズが盛大に失敗した夜

1月の表参道、フレンチの予約を入れてサプライズを仕掛けた夜。4時間待って、花束は萎れ、予約は消えた。残ったのはデニーズと、止まらない笑い声だけ。盛大に失敗した誕生日サプライズが、今でも一番いい思い出になっている話。

30歳・女性の体験
·橘みあ·6分で読める

正直に言う。誕生日サプライズが大失敗したのに、今でも笑える話がある。


笑えるようになったのはわりと最近で、当時は笑えるとかそういう話じゃなかった。ただ寒くて、足の感覚がなくて、手に持った花束がじわじわと首を垂れていくのを見ていた。


完璧な計画


1月の第2週。表参道の裏路地に、ひとつだけ予約が取れたフレンチがあった。友人に「ここ記念日向き」と教えてもらった店で、ランチとディナーで客層がまるで違うと聞いていた。ディナーは19時半から。彼女の会社のビルは歩いて10分もかからない場所にあった。計画としては、完璧だった。


退勤は17時の予定だった。だから私は16時50分に、ビルのエントランス脇に立った。花束を持って。花はスーパーで選んだやつで、ラッピングが少し素朴だったけど、彼女が好きなオレンジ色の花を中心に束ねてもらった。店員さんが「どんなシーンで?」と聞いてくれて、「誕生日サプライズ」と答えたら「素敵ですね」と言ってリボンを足してくれた。


その段階では、全部うまくいくつもりだった。


4時間の冬


17時。自動ドアは開かなかった。


17時15分。17時半。


18時を過ぎた頃、外気が体のどこかを通り越して骨に届いた気がした。気温4度。ダウンを着ていたけど、足元からじわじわと熱が地面に吸われていく。コンビニで使い捨てカイロを2個買って、ダウンの内側に貼った。ホットコーヒーを買って、飲んで、また買いに行った。3本目を飲み終えたとき、LINEが届いた。


「今日遅くなりそう、ごめん」


そりゃそうだ、と思った。4時間この場所にいる人間に、そんな連絡が来るのは当然だ。「大丈夫、待ってるよ」と返しながら、自分でも何をしているんだろうと少しだけ思った。少しだけ。


花束は1時間半くらいで少し頭を垂れ始めた。気のせいかもしれない、と思った。でも2時間後には気のせいじゃなかった。


フレンチのキャンセルは電話でした。「当日直前のキャンセルになるので」と言われて、5000円のキャンセル料が発生した。スマートフォンを持つ手が、寒さなのか別の何かなのか、微妙に震えていた。うなだれた。ビルのエントランス前でひとりで、うなだれた。


彼女が出てきた


21時15分。


自動ドアが開いて、彼女が出てきた。


私の顔を見た瞬間、彼女の表情が「驚き」を通り越して「心配」に変わった。それが全部の答えだった。サプライズとして登場するはずが、「寒空の下で4時間立っていた人」として発見された。ロマンティックな再会じゃなかった。


「え、なんで……」

「誕生日だから」

「どのくらい……いたの?」

「4時間くらい」

「は? 大丈夫、体が?!」


心配が、サプライズより先に来た。


「フレンチ予約してたんだけど」

「え」

「もう閉まった」

「……え?」


彼女が口に手を当てた。笑いをこらえている顔だった。成功したサプライズを受け取る顔じゃなくて、笑いをこらえている顔。私は少しだけ、本当に少しだけ、傷ついた。同時に、その顔が愛しくてたまらなかった。矛盾してる。でもそういうものだと思う、あの瞬間は。


「ファミレスでいい?」

「全然いい」


ビルの近くのデニーズに入った。暖かかった。椅子に座った瞬間、体の芯から何かが解けていく感覚があった。足の指先が、じんじんと戻ってきた。席についてから、持ったまま忘れていた花束を出した。萎れかけていた。


「お誕生日おめでとう」


「……ありがとう」


彼女が笑い始めた。最初は声を殺していた。でも止まらなくなった。テーブルに肘をついて、肩を揺らして。


「何で笑ってるの」

「だって、4時間って……フレンチのキャンセル料って……花束が萎れてるって……」


私も笑い始めた。


深夜のデニーズ。蛍光灯の白い光。パスタを頼んで食べた。デザートにパフェを頼んだ。夜の11時にパフェ。彼女が頼んだイチゴパフェが写真で見るより3割増しくらい大きくて、2人でまた笑った。


BGMにSuperfly の曲がかかっていた。季節と全然合わないポップな曲で、それがまた何かを緩くした。


「今年の誕生日、一番笑った」と彼女が言った。


「来年もこれくらい笑えるといいね」と返したら、「来年はフレンチで笑いたい」と言われた。


家に帰ってから、萎れかけた花束を水に差した。翌日の朝、見たら持ち直していた。ちゃんとオレンジ色のまま、立っていた。


今になって思う。


あの夜に私が用意したもの——フレンチのコース、完璧なタイミング、リボン付きの花束——は全部、うまくいかなかった。でも4時間分の体温と、キャンセル料5000円と、萎れかけた花束は、嘘をつかなかった。計画は崩れたけど、そこにいた私は本物だった。彼女が笑ったのは、たぶんそのことに気づいたからだと思う。


記念日は、完璧じゃなくていい。


その夜いちばん残ったのは、深夜のデニーズの蛍光灯の下で、彼女が肩を震わせて笑っていた顔だった。フレンチのキャンドルより、ずっと明るかった。


失敗したのに、成功より長く記憶に居座った。

よくある質問

4時間待ったのに何があったのですか?
退勤時刻の17時前後から待ち続けたにもかかわらず、予約の時間が過ぎてフレンチの予約が消えてしまったとのことです。花束も萎れてしまいました。
その後どうなったのですか?
残ったのはデニーズと、止まらない笑い声だけだったと書かれています。完璧に失敗したサプライズが、かえって笑えるふたりの思い出になったようです。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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