誕生日に、サプライズがあることを知っていた
「今日は普通の夜ご飯だから」と彼は言った。知っていた、全部。それでも私は驚いてみせた。演じた喜びじゃない。本物の喜びが、ちゃんとそこにあったから。
「今日は普通の夜ご飯だから」
彼はそう言った。十一月の夜、外はもう冷たくて、部屋の中にいてもどこかすきま風が入ってくるような、そんな季節だった。
私は「そっか」と答えた。
知っていた。全部。
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三日前から、なんとなくおかしかった。
いつもLINEの返信が早い彼が、夜になると既読がつくまで少し間があいた。会っているときにスマホを伏せる回数が増えた。机の上に置くとき、画面を下にする。その動作が、さりげなさを装いすぎていて、逆に目についた。
「明日ちょっと用事がある」と彼は言った。
「何の用事?」
「ちょっとだけ。すぐ終わる」
追わなかった。追わないでいた、正確には。なんとなくわかっていたから。わかっていて、でも確かめなかった。
とどめを刺したのは、友人からのLINEだった。
「ねえ、あなたの誕生日、彼から何か聞いてない?」
午後三時、渋谷のカフェで、私はそのメッセージを読んで画面を閉じた。STREAMER COFFEE COMPANYのラテが冷めていくのも気にならなかった。
あ、そういうことか。
全部つながった。
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知らないふりをしようと、すぐに決めた。
理由を言葉にするのはむずかしい。「サプライズをつぶしたくなかった」とか「彼の気持ちを守りたかった」とか、そういうきれいな言い方もできる。でも本当は、もっとシンプルだったと思う。
一生懸命、考えてくれていた。
スマホを伏せながら、ぎこちない言い訳をしながら、友人を巻き込んで、こっそり何かを準備していた。その時間のことを想像したら、胸のあたりがじわっと熱くなった。言葉じゃなくて、温度として。
サプライズって、驚く側のためだけじゃない。仕掛ける側が「喜んでほしい」と願い続ける、その時間のためでもある。彼がその時間を過ごしてくれた。それを、私はちゃんと受け取りたかった。
知っていても、演じることはできる。
でも「演じる」って言葉は、なんか違う気もした。だってもう、その時点でもう、泣きそうになっていたから。
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当日。
彼は迎えに来た。コートの襟を立てて、ちょっとだけよそいきの顔をしていた。いつもと同じ顔のはずなのに、どこか緊張が滲んでいて、私はそれを見てまたじわっとした。
「どこ行くの?」
「近くでいいかなと思って」
連れて行かれたのは、普段行かないレストランだった。表参道から少し路地に入ったところにある、白い壁の、静かな店。私が一度だけ「いつか行ってみたいな」と言ったことがある場所だった。一度だけ。覚えていたんだ、と思ったら喉の奥が詰まった。
「なんでここ?」
「予約が取れたから」と彼は言った。
取れたから、じゃないよ。取ったんでしょう。でも私は「そっか」と言った。
席に着いて、メニューを開いた。窓の外は暗くて、通りを歩く人たちのコートがひらひらしていた。キャンドルの光が、テーブルクロスの上でゆれていた。
オードブルが来た。
話した。他愛もないことを。最近見たドラマのこと、職場の人のこと。彼はちゃんと笑いながら、でもどこかそわそわしていた。水を飲むタイミングが多かった。
メインが来た。
牛肉だった。おいしかった。でも正直、味がよくわからなかった。彼が今、何を考えているかが気になって、向かいの顔ばかり見ていた。
デザートのタイミングを、ずっと待っていた。
待ちながら、「あ、もうすぐだ」と思っていた。もうすぐ、彼が仕掛けたものが来る。そう思ったら、手のひらが少し汗ばんだ。
知っているのに。全部わかっているのに。
店員さんが来た。
プレートの上に、白いケーキ。チョコレートで「Happy Birthday」と書いてあった。小さなキャンドルが一本、ゆれていた。
「えっ」と私は言った。「なんで知ってるの?」
演技、のはずだった。
でも声が、ちょっと震えた。
彼がちょっと誇らしい顔をした。うれしそうな顔、じゃなくて、誇らしい顔。「やった」って思っているときの、あの顔。
「サプライズ!」
一言だけ言った。
私は笑った。泣きながら笑った、というほどではないけど、目のうしろがじんとして、笑顔がちょっとうまく作れなかった。
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帰り道、冷たい空気の中を二人で歩いた。
「嬉しかった?」と彼は聞いた。
「すごく」と私は答えた。
本当だった。全部知っていても、本当だった。
嬉しかったのは、ケーキじゃない。サプライズという演出でもない。誕生日を覚えていてくれたこと、準備してくれたこと、緊張しながら「普通の夜ご飯だから」なんて下手な嘘をついてくれたこと。その全部が、私に向いていた時間だったから。
知っていたけど、驚いた。
矛盾しているみたいだけど、本当にそうだった。心が動くことと、情報を知っていることは、別の話なんだと思う。頭でわかっていても、胸は驚く。温かさって、予測できても、ちゃんと温かい。
帰り道、Spotifyから流れていたのがildrenの「くるみ」だった。選んだわけじゃない、シャッフルで流れただけ。でもその夜の空気に、妙に合っていた。
「また来年も」と彼は言いかけて、やめた。
続きは言わなかった。でも、わかった。
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サプライズは、知っていても届く。喜びは、本物だから。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。