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恋愛体験談

誕生日に、サプライズがあることを知っていた

「今日は普通の夜ご飯だから」と彼は言った。知っていた、全部。それでも私は驚いてみせた。演じた喜びじゃない。本物の喜びが、ちゃんとそこにあったから。

·橘みあ·6分で読める

「今日は普通の夜ご飯だから」


彼はそう言った。十一月の夜、外はもう冷たくて、部屋の中にいてもどこかすきま風が入ってくるような、そんな季節だった。


私は「そっか」と答えた。


知っていた。全部。


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三日前から、なんとなくおかしかった。


いつもLINEの返信が早い彼が、夜になると既読がつくまで少し間があいた。会っているときにスマホを伏せる回数が増えた。机の上に置くとき、画面を下にする。その動作が、さりげなさを装いすぎていて、逆に目についた。


「明日ちょっと用事がある」と彼は言った。


「何の用事?」


「ちょっとだけ。すぐ終わる」


追わなかった。追わないでいた、正確には。なんとなくわかっていたから。わかっていて、でも確かめなかった。


とどめを刺したのは、友人からのLINEだった。


「ねえ、あなたの誕生日、彼から何か聞いてない?」


午後三時、渋谷のカフェで、私はそのメッセージを読んで画面を閉じた。STREAMER COFFEE COMPANYのラテが冷めていくのも気にならなかった。


あ、そういうことか。


全部つながった。


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知らないふりをしようと、すぐに決めた。


理由を言葉にするのはむずかしい。「サプライズをつぶしたくなかった」とか「彼の気持ちを守りたかった」とか、そういうきれいな言い方もできる。でも本当は、もっとシンプルだったと思う。


一生懸命、考えてくれていた。


スマホを伏せながら、ぎこちない言い訳をしながら、友人を巻き込んで、こっそり何かを準備していた。その時間のことを想像したら、胸のあたりがじわっと熱くなった。言葉じゃなくて、温度として。


サプライズって、驚く側のためだけじゃない。仕掛ける側が「喜んでほしい」と願い続ける、その時間のためでもある。彼がその時間を過ごしてくれた。それを、私はちゃんと受け取りたかった。


知っていても、演じることはできる。


でも「演じる」って言葉は、なんか違う気もした。だってもう、その時点でもう、泣きそうになっていたから。


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当日。


彼は迎えに来た。コートの襟を立てて、ちょっとだけよそいきの顔をしていた。いつもと同じ顔のはずなのに、どこか緊張が滲んでいて、私はそれを見てまたじわっとした。


「どこ行くの?」


「近くでいいかなと思って」


連れて行かれたのは、普段行かないレストランだった。表参道から少し路地に入ったところにある、白い壁の、静かな店。私が一度だけ「いつか行ってみたいな」と言ったことがある場所だった。一度だけ。覚えていたんだ、と思ったら喉の奥が詰まった。


「なんでここ?」


「予約が取れたから」と彼は言った。


取れたから、じゃないよ。取ったんでしょう。でも私は「そっか」と言った。


席に着いて、メニューを開いた。窓の外は暗くて、通りを歩く人たちのコートがひらひらしていた。キャンドルの光が、テーブルクロスの上でゆれていた。


オードブルが来た。


話した。他愛もないことを。最近見たドラマのこと、職場の人のこと。彼はちゃんと笑いながら、でもどこかそわそわしていた。水を飲むタイミングが多かった。


メインが来た。


牛肉だった。おいしかった。でも正直、味がよくわからなかった。彼が今、何を考えているかが気になって、向かいの顔ばかり見ていた。


デザートのタイミングを、ずっと待っていた。


待ちながら、「あ、もうすぐだ」と思っていた。もうすぐ、彼が仕掛けたものが来る。そう思ったら、手のひらが少し汗ばんだ。


知っているのに。全部わかっているのに。


店員さんが来た。


プレートの上に、白いケーキ。チョコレートで「Happy Birthday」と書いてあった。小さなキャンドルが一本、ゆれていた。


「えっ」と私は言った。「なんで知ってるの?」


演技、のはずだった。


でも声が、ちょっと震えた。


彼がちょっと誇らしい顔をした。うれしそうな顔、じゃなくて、誇らしい顔。「やった」って思っているときの、あの顔。


「サプライズ!」


一言だけ言った。


私は笑った。泣きながら笑った、というほどではないけど、目のうしろがじんとして、笑顔がちょっとうまく作れなかった。


---


帰り道、冷たい空気の中を二人で歩いた。


「嬉しかった?」と彼は聞いた。


「すごく」と私は答えた。


本当だった。全部知っていても、本当だった。


嬉しかったのは、ケーキじゃない。サプライズという演出でもない。誕生日を覚えていてくれたこと、準備してくれたこと、緊張しながら「普通の夜ご飯だから」なんて下手な嘘をついてくれたこと。その全部が、私に向いていた時間だったから。


知っていたけど、驚いた。


矛盾しているみたいだけど、本当にそうだった。心が動くことと、情報を知っていることは、別の話なんだと思う。頭でわかっていても、胸は驚く。温かさって、予測できても、ちゃんと温かい。


帰り道、Spotifyから流れていたのがildrenの「くるみ」だった。選んだわけじゃない、シャッフルで流れただけ。でもその夜の空気に、妙に合っていた。


「また来年も」と彼は言いかけて、やめた。


続きは言わなかった。でも、わかった。


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サプライズは、知っていても届く。喜びは、本物だから。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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