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恋愛体験談

誕生日に一人でいた年と、一人じゃなかった年の話

25歳の誕生日はコンビニのケーキだった。26歳は、川越のうなぎ屋で食べた。

·橘みあ·6分で読める

25歳の誕生日は、セブン-イレブンのショートケーキだった。


1月14日。冬の夜で、外は風が強かった。仕事が終わって帰り道のコンビニで、冷蔵ケースの前に立ってしばらく迷った。誰かに「おめでとう」と言ってもらえる予定は、その日一切なかった。LINEは朝から家族と、昔の友人から数件。「ありがとう」と返すのが、なんとなく虚しかった。


苺が一粒乗ったショートケーキ、税込388円。レジのおじさんは何も言わなかった。袋に入れてもらって、アパートに帰って、コートも脱がないまま座ってフォークを刺した。


甘かった。


テレビもつけず、音楽も流さず、ただ食べた。食べながら、特に感情があるわけでもなかった。ただ食べていた。


泣くほどのことではないと思っていた。でも食べ終わって空になったプラスチックのケースをゴミ箱に捨てる瞬間、なぜか胸の奥がひゅっと鳴った。空洞みたいな音。喉に何かつかえた気もした。それが何かよくわからないまま、シャワーを浴びて寝た。


翌朝、目が覚めて「また1年、始まった」と思った。特別なことはなかった。いつもと同じ平日が、そのまま続いた。


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Pairsを始めたのは、その4ヶ月後の春だった。


特に強いきっかけがあったわけじゃない。通勤電車でスマホを見ていたら広告が出てきて、「まあ入れてみるか」くらいの温度感で登録した。プロフィール写真は大学の友人の誕生日会で撮ってもらったやつ。趣味に「カフェ巡り、映画、たまに料理」と書いた。26歳、会社員。特別でも何でもないプロフィール。


最初の1ヶ月は、正直よくわからなかった。いいねが来ても、なんとなく踏み出せなくて。メッセージも3往復くらいで止まることが多かった。「これって私の話が面白くないのかな」とか「写真が悪いのかな」とか余計なことを考え始めて、一度アプリを消した。


2週間後にまた入れた。


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彼——山田くん——からメッセージが来たのは、再登録から3日後だった。


最初の一文が「埼玉出身なんですね、川越は好きですか」だった。プロフィールに「埼玉育ち」と書いていたのを見つけてくれていた。私は「好きです、小江戸の雰囲気が」と返した。「行ったことないんで行ってみたいです」と来て、「案内しましょうか」と私が返した。軽口のつもりだったのに、彼は「ほんとに行きたいです」と真剣に返してきた。


最初の通話は1時間半。声が低くて落ち着いていた。埼玉の話から、地元の話になって、「実家の近くに好きな和菓子屋があって」という私の話に「和菓子好きなんですか」と食いついてきた。


初めて会ったのは代官山。お茶して、2時間半話した。写真と同じ顔で少し安心した。話すと思ったより面白くて、時間が経つのが早かった。


2回目、3回目とデートを重ねるうちに、誕生日の話になった。「1月生まれなんです」と言ったら、「そっか、もうすぐじゃないですか」と彼が言った。その「もうすぐじゃないですか」の語感が、ちょっと嬉しかった。覚えていてくれていた。


「誕生日、どこか行きたいところありますか」と彼が聞いてくる。どこかと言われて、すぐに「川越」と思い浮かんだ。「川越、まだ行ったことないんですよね」と言ったら、「じゃあそこにしましょう」と彼がすぐ言った。


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26歳の誕生日は、川越にいた。


山田くんが「連れて行きますよ」と言って、電車で行った。蔵造りの街並みを歩いて、時の鐘の前で写真を撮って、古い通りを二人でぶらぶらした。風が冷たくて、歩きながら肩が何度か触れた。触れるたびに、どちらも気づかないふりをした。でも少しだけ歩く速さが遅くなった。


昼は川越名物のうなぎ屋に連れて行ってもらった。座敷に上がって、蒸したうなぎの香りが店内に満ちていた。「うな重、食べたことあります?」と彼が聞く。「ちゃんとしたやつは初めてかも」と言ったら、「じゃあ特上にしましょう」と言って迷わず注文した。


出てきたうな重は、ふっくらしていた。箸を入れると、すっと割れた。甘辛いたれの香りが立ち上がって、口の中に収まったとき、じわっと広がった。


「おいしい」と私が言ったら、彼が「それ聞きたかった」と笑った。


その笑い方が、左の口角だけ少し上がるやつで、それを見たとき胸の奥が少しざわついた。嬉しいとか好きとか、そういう名前をつける前の、何かが動く感覚。


午後は菓子屋横丁でいもどらを買って、小腹が空いてイモ恋を一個ずつ食べた。帰りの電車が混んでいて、吊り革を二人で持った。駅に着くごとに少しずつ電車が揺れて、そのたびに肩が触れた。


誕生日おめでとうと言われたのは、夜、別れ際だった。改札の前で彼が「誕生日おめでとうございます」と言って、小さな紙袋を渡してくれた。中には川越の和菓子屋の詰め合わせと、手書きのメモが入っていた。「川越に連れてきてくれてありがとう」と書いてあった。


私が案内するつもりだったのに、連れてきてくれたのは彼だった。


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帰りの電車の中で、去年の1月14日を思い出した。コンビニのケーキ、税込388円。あのひゅっとした胸の音。プラスチックのケースをゴミ箱に捨てたときの、空洞みたいな感触。


今年は違う音がした。心臓がゆっくりと、温かい感じでドクドクしていた。窓の外の夜景がぼんやり光っていて、うっすらと目が潤んでいた。泣くほどのことではないと思ったけど、泣くほどのことだったかもしれない。


一人だった年のことを、一人じゃなくなった年に思い出す。その比較が、自分でもよくわからない感情を呼んだ。喉の奥が熱くて、でも悲しいわけじゃなくて、何か満ちてくるような、そんな感じ。


388円のケーキが悪かったわけじゃない。ただ、誰かと食べるうな重は、もっとおいしかった。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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