御堂筋の銀杏の話をしてくれた人と、私は3ヶ月だけ好きなだけでいた
プロフィールの一文にいいねして始まった大阪との遠距離。月に一度会う関係は、日常の空白を埋められないまま、ファミレスで静かに終わった。
プロフィールに「大阪在住」と書いてあった。
東京に住む私が、なぜそこにいいねしたのか。今でも正確にはわからない。ただ、自己紹介の最後の一行が引っかかった。「好きな言葉は『遠回りして学ぶ』です」。それだけで、押した。深夜1時、部屋の電気も消えかけた時間に。
マッチして最初のメッセージが来た。「東京からいいねしてくれたんですね」。責める感じじゃなく、ただ確認するように。「文章が面白かったので」と正直に返したら、少し間があって、「ありがとうございます、でも遠距離になりますよ」と来た。「知ってます」と返した。「それでも?」。「それでも」。
最初から、正直な人だった。
2ヶ月、会わないまま続いた。テキストと電話だけの時間。仕事終わりにベッドに倒れ込んで、イヤホンをして電話する。彼は梅田の会社から帰り道に出てくれていた。「今どこ歩いてるの」と聞くのが癖になっていた。「御堂筋。銀杏並木がきれいです」。画面の向こうで葉っぱが揺れているのを、私は見たことがないのに、なぜかちゃんと浮かんだ。「東京だと何が近い?」「……神宮外苑かな」「今度連れてってください」。今度、という言葉の軽さと重さに、気づかないふりをしていた。
会いに行くことにした。
11月の終わり、新幹線のぞみ号の窓から富士山を見ながら、なぜか緊張していた。手のひらが少し湿っていた。新大阪のホームに降り立った瞬間、空気が違う、と思った。何が違うのか言語化できないまま歩いた。少し甘い匂いがした。東京の乾いた寒さとは違う、柔らかい冷たさ。駅の案内板が見慣れない路線名を並べていた。
梅田の改札で待っていた彼は、思ったより背が高かった。「こんにちは」と声をかけられて、声だ、と思った。2ヶ月聴き続けた声が、目の前にある。「想像通りでした」と言ったら「どんな想像でしたか」と即返ってきた。「声のイメージと、近かった」と答えたら、ふっと笑った。その笑い方も、なんとなく知っていた気がした。
「遠くから来てくれてありがとう」と彼は言った。
その一言で、胸の奥がぎゅっとなった。緊張とも違う。嬉しいのに、どこかずっと遠い場所にいるような。
梅田を歩いて、阪急の地下街を抜けて、難波に移動した。道頓堀の看板が夜にぎらりと光っていた。たこ焼きの有名店、くくるで食べた。口に入れた瞬間、「全然違う」と声が出た。外がちゃんとカリッとしていて、中が熱くてとろとろで。「東京のと全然違う」「そうでしょ」と彼が言った。少し得意げな顔をしていた。その顔が、好きだと思った。好きかもしれない、じゃなくて、好きだと。
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梅田のバーで隣に座った人からLINEが来た。「東京行っていいですか」——その一文を見た瞬間、手が震えた。距離は言い訳だと思っていた。来てくれるまでは。
帰りの新幹線の中、車内が暗くなっていた。外は真っ暗で、自分の顔が窓に薄く映っていた。スマホを開いた。「楽しかったです」と送ったら、すぐに「来てくれてよかった」と返ってきた。既読がついた速さに、胸がざわついた。
その後も、月1で会うようになった。東京に来てもらうこともあった。3時間半かけて来てくれた彼を渋谷のハチ公前で出迎えた。「遠かった?」「遠かった」と言いながら笑っていた。そういう笑い方をする人だ、と思った。つらいことを笑いながら言える人。それが好きだった。それが、少し怖かった。
神宮外苑の銀杏並木を一緒に歩いたのは、そのときだった。電話で話していた場所に、本人を連れてきた。「思ってたより広い」と彼が言った。「御堂筋は?」「もっと広い」「負けた」。他愛のない話だった。他愛のない話ができる人と、毎日を過ごせたら、と思った。でも同時に、それは無理だと知っていた。
3ヶ月後の12月、ファミレスで話した。ガストの、奥の禁煙席。コーヒーを2杯ずつ飲みながら。店内のBGMがクリスマスソングだった。
「月1で会うのは、きつい?」と彼が聞いた。
正直に答えた。「体力的にはなんとかなる。でも日常を共有できない寂しさは、埋まらない」。言葉にした瞬間、本当のことを言ってしまった、と思った。
「そうですよね」と彼は言った。「私も同じことを感じていた。どっちかが引っ越すつもりがないなら、難しい」。
「今の仕事を辞める気はない」。「私もそう」。
結論は出ていた。話し合いは30分で終わった。
すっきりしていた。泣きたい気持ちはあったけど、目は乾いていた。ぐちゃぐちゃしていなかった。彼が最初から正直で、私も正直に返せたから。それだけは、よかったと思う。
半年後、SNSで彼のポストを見た。大阪の写真だった。晴れた日の海遊館の前、青い空に観覧車。隣に、誰かいた。
奥歯を噛んだ。3秒くらい、画面を見た。それからスクロールした。
遠距離は距離の問題じゃない。「日常を共有できない」という、もっと根っこのところの問題だ。終わってから、やっとわかった。好きだったのは本物だった。でも好きなだけじゃ、365日の空白は埋まらなかった。
あの2ヶ月の電話と、大阪の夜の甘い空気と、御堂筋の銀杏の話と、道頓堀の看板の光と、神宮外苑を歩いたこと。今も全部、ちゃんと覚えている。
遠くにいる人を好きになったことは、後悔していない。ただ、遠すぎた。
好きなだけで十分だった時間と、好きだけでは足りなくなる現実は、同じ3ヶ月の中に重なっていた。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。