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恋愛体験談

大阪で会った人が、3ヶ月後に東京に来た

梅田のバーで隣に座った人からLINEが来た。「東京行っていいですか」——その一文を見た瞬間、手が震えた。距離は言い訳だと思っていた。来てくれるまでは。

·橘みあ·6分で読める

梅田のバーは、煙草の匂いがしない代わりに、誰かの香水がずっと空気に混じっているような場所だった。


友人の紹介で集まった六人か七人か、正直よく覚えていない。カウンターの端に座って、グラスの水滴を指先で拭いていたら、隣に来た。特別な登場じゃない。「ここ、いいですか」それだけだった。


何を話したんだろう。仕事のこと、大阪と東京の違い、あとは確か、どちらもサカナクションが好きだという話。会話の内容より、ちゃんと私の目を見て笑う人だな、と思ったことの方が残っている。連絡先を交換したのは帰り際で、外に出たら秋の終わりの空気が冷たくて、「気をつけて帰ってください」と言い合って、それで終わった夜。


新幹線に乗り込んで、シートに深く沈んだ頃にLINEが来た。


「今日、楽しかったです」


たった十二文字。読んで、画面を伏せて、また開いた。品川に着くまでに五回は読んだと思う。六回かもしれない。数えていたわけじゃないけど、そのくらい読んだ。


東京と大阪。新幹線で二時間半。遠いとも言えるし、そうでもないとも言えるその距離を、私はちゃんと言い訳に使っていた。出張でもなければ会えない。向こうも来るとは言わない。だからこれは、ゆっくり消えていく類の縁なんだと、最初から決めていた。


でもLINEは来た。


毎晩じゃない。週に三回か四回。「好きな食べ物は何ですか」から始まって、二ヶ月かけて「最近、ちょっと仕事しんどくて」まで届くようになった。テキストを打ちながら、この人の声、どんな声だったっけ、と思い出そうとすることがあった。思い出せるような、思い出せないような。でも読むたびに、なんか、この人のことが好きかもしれない、とじわじわ体の真ん中あたりが重くなる感じがしていた。


ある夜、メッセージが来た。


「東京行っていいですか」


画面を見た瞬間、手が震えた。大げさじゃなく、本当に少し震えた。嬉しい、というより、怖かった。会いに来るということは、私がどう思っているか、向こうもある程度わかってるということで、それはもう、知らないふりができなくなるということで。


「来てください」


返した後、今度は脈が速くなった。心臓ってこんな音したっけ、と思いながら、スマホを枕の上に置いた。


---


三ヶ月後の土曜日。十一月の終わりで、東京駅の改札前は人が多かった。スタバのカップを両手で持ちながら待っていたら、新幹線の出口から出てきた顔が見えた。


大阪で見た顔と同じで、でも違って見えた。


何が違うかはうまく言えない。光の角度か、私の目が変わったのか。ただ、「来てくれた」というそれだけで、胸の奥のあたりが、ぎゅっとなった。


「どこ行きたい?」


「どこでもいい。あなたが決めて」


中目黒にした。特別な理由はない。ただ、川沿いを歩きたかっただけ。桜はもう散っていたけど、目黒川の緑が夕方の光を受けてきれいで、十一月にこんな色があるんだと思いながら歩いた。


隣を歩く人のコートが、自分の腕に触れそうで触れなかった。


「東京って歩きやすいですね」


「大阪は違う?」


「なんか、テンポが違うんですよね。歩くリズムが」


「どっちが好き?」


少し間があった。川の水音と、遠くの車の音。


「どっちも好き。今は特に」


その「今は特に」に、何を込めたのか。聞けなかった。聞かなかった。正解だと思う。あの四文字は、聞いた瞬間に何かが変わってしまうやつだったから。わからないままでいる方が、その夜の空気に似合っていた気がする。


ログロードで夕食を食べた。何を頼んだか忘れたけど、赤ワインを一杯ずつ飲んで、話が途切れても沈黙が重くならなかった。それが、一番よかったことかもしれない。


東京駅まで送った。


新幹線の時間まで少しあって、コンコースのベンチに並んで座った。何か話さなきゃ、という気持ちと、このままでもいい、という気持ちが、私の中で一緒に存在していた。好きかどうかと、これが正しいかどうかは、別の話だとそのとき気づいた。好きな気がする。でも「違うかも」も、少しある。その矛盾を、なかったことにしなくていいとも思った。


「また来る」


改札に入る前に言ってくれた。宣言というより、独り言みたいな声で。


「待ってます」って言おうとして、「うん」って言った。


---


帰りの電車の中で、中目黒の川沿いを思い返していた。緑の色、触れなかったコートの袖、「今は特に」の四文字。


距離は何も変わっていない。東京と大阪のあいだに、新幹線が走っているのは相変わらずで、日常はそれぞれの場所に続いていく。


でも、来てくれた人が一人いる。


それだけで、言い訳にしていた距離が、急に別のものに見えた。遠さは障害じゃなくて、この気持ちが本物かどうかを静かに測り続ける装置なんだと、あの日初めて思った。


本物なら、人は新幹線に乗る。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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