半径3kmに知り合いが4人いた夜。後悔しないで続けた福岡の話
Pairsを開いたら前の会社の上司が出てきた——福岡、人口160万人のはずなのに。指先が冷たくなった。地方アプリの「バレるかも」という恐怖と、その先にあった「同じ地図を持つ人」との出会いの話。
正直に言う。上司が画面に出てきた瞬間、指が凍ったのに、続けた。
福岡でPairsを始めて3日目のことだった。画面をスクロールして止まった。間違いじゃなかった。3年前まで天神のオフィスで一緒に働いていた人の顔があった。プロフィールに「真剣にお付き合いできる方と」と書いてあった。
心臓がばくばくしていた。「向こうにも私が見えてるのか」——スマホを裏返しにして、テーブルの上に伏せた。
スクロールを続けた。
小さい街でアプリをすること
福岡は人口160万人の都市で、決して小さい街じゃない。でも「知り合いに会うかもしれない」という感覚は、東京でアプリをやっている友達と全然違う。
初めて使った週に、いいねをくれた人の中に知り合いが4人いた。前の会社の上司、大学のゼミの同期、近所のローソンで見かけた人、一度だけ合コンで会った人。
4人全員にいいねを返さなかった。でも「バレた」とは思っていなかった。お互いに見えている。それだけのことだ、と思うことにした。天神の地下街を歩くときに、すれ違う人の顔をつい確認してしまう癖がついた。
東京と何が違うか
東京でアプリをしている友達に「それは怖いね」と言われた。
確かに怖い。でも違う見方もある。東京のアプリは、知り合いに会う確率が低い分、相手の情報も薄い。福岡のアプリは、知り合いに会うリスクがある分、マッチングした相手の情報が濃い。共通の友人がいることが多い。「あの人と知り合いなんですね、実は私も」ということが起きる。
マッチング数は東京より少ない。でも会うまでが早い。「どこ住んでるんですか」ではなく「博多駅の近くですか、じゃあ今週末に」という展開になる。共通の文脈がある分、距離が縮まりやすい。
大濠公園のそばに住む人
3ヶ月後に、大濠公園の近くに住んでいる人とマッチングした。
初デートは中洲の屋台街のそばにあるバーで。カウンターに並んで座ったら、焼きラーメンの匂いが風にのって外から流れてきた。「あ、屋台のにおい」「中洲って夜こんな感じだよね」——そういう何気ない一言が、共有されている。
話し込んで気づいたら終電が近かった。慌てて出て、西鉄の天神駅まで走った。息が上がって、喉がひりひりした。走りながら笑った。福岡の11月の夜気が頬に冷たかった。
「ここ、昔何があったか知ってる?」という話になったのは、次に会ったときだった。大濠公園を夕方に歩きながら、同じ地図を共有している人と話す感覚は、何か違う。東京の友達には説明しにくいけど、「あのへんの角にある一蘭、いつも混んでるよね」とか、「ソラリアの前のあの信号って長くない?」とか。土地の記憶が重なるだけで、距離の縮まり方が全然違う。
3回目に会ったとき、彼が「最初にいいね送るとき、めちゃくちゃ緊張した」と言った。「共通の知り合いがいるかもしれないのに、って」。手のひらが汗ばんでいたらしい。「バレたらどうしようって思った?」と聞いたら、「思ったけど、それより会いたかった」と言われた。胸の奥がぎゅっとした。
「知り合いに会うかもしれない」という怖さを乗り越えた先に、「会ったことはないのになんか知ってる感」のある出会いがあった。東京の匿名性より、福岡の顔の見えやすさの方が、私には合っていたと思っている。
怖いから始めないより、怖いのに始めた方がずっと後悔は少ない。
半径3kmの覚悟
知り合い4人を画面で見た後、3日間アプリを開けなかった。
4日目の夜、天神の居酒屋で大学時代の友人と飲んだ。焼酎のお湯割りを2杯飲んで、「Pairsで前の上司が出てきた」と打ち明けた。友人はハイボールを吹き出しそうになって、「俺も元カノ出てきたよ」と笑った。
「地方でマッチングアプリやるって、そういうことだよな」
友人の言葉が妙に腑に落ちた。東京なら画面の向こうは他人だけど、福岡では画面の向こうに知り合いがいる。半径3kmの世界で恋愛を探すというのは、そういうリスクを引き受けることだった。
覚悟を決めて再開した翌週、マッチングした相手は薬院に住んでいた。初デートは大名のカフェ。エスプレッソの酸味が舌に残った。彼女は小声で「私も知り合いが出てきてビビりました」と言った。同じ恐怖を持っている人。それだけで距離が縮まった。
見られてもいいと思えた人がいたのに、怖かった夜があった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。