新幹線で2時間、名古屋と東京の遠距離を8ヶ月続けた
のぞみが滑り出すたび、お腹の真ん中に小さな穴が開いた。慣れなかった。8ヶ月間、一度も。名古屋とコメダと彼が、全部ひとつに溶けていくまでの話。
名古屋駅の17番ホーム。
夕方5時過ぎ、ホームに入ってくる風がコンクリートの匂いを運んでくる。冬は特に冷たい。耳が痛くなる前に、マフラーを引き上げる。列車の到着を待つ感覚じゃない。見送る時の——あの、胃の底が数センチ落ちるような感覚の話をしている。
窓の向こうでShoさんが手を振る。私も振り返す。のぞみが動き出す。速度が上がるにつれて、窓の中の顔が小さくなって、やがて判別できなくなる。ホームに取り残された自分の足元だけが、やけにはっきりしている。
それを8ヶ月間、ほぼ月に2回繰り返した。
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withで彼のプロフィールを見た時、「東京在住」の4文字で一瞬スクロールしかけた。名古屋にいる私が、東京の男性にいいねを送る理由が、その時点ではなかった。でも「好きな食べ物:手羽先とコメダモーニング」という記載が引っかかった。東京の人がコメダモーニングを好きな食べ物に書く? 謎だった。そっちの方向に手が動いた。
「コメダモーニング、東京の方が書くのが面白いと思いまして」
「名古屋に転勤でいたことがあって。コメダがない生活に戻った時、わりとすぐ恋しくなった」
コメダを恋しがる東京の人。なんか、いいなと思った。理由にならないような理由だったけど、なんか。
最初に会ったのは、彼が名古屋に出張で来た週末だった。栄のカフェで2時間半、何を話したかほとんど覚えていない。その後、矢場町まで歩いてお好み焼き屋に入った。彼が「名古屋のソースが好き」と言いながら、キャベツ入りのお好み焼きを食べる横顔を見ていた。美味しそうに食べる人だった。
この人にまた会いたい、と思った。
「また来てほしい」と私が言った。
「また来ます」と彼が言った。
そこから始まった。
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ルーティンは自然と決まっていった。彼が名古屋に来る土曜、名古屋駅の新幹線口で待つ。改札から彼の顔が出てくる。視線だけ合わせて、軽く手を挙げる。ハグはしない——人が多い——でも並んで歩き始めると、すっと肩の距離が縮まる。それだけで、1ヶ月分の「会いたかった」がゆっくり空気に溶けていく気がした。
最初に向かうのは栄のコメダ珈琲。ブレンドとトースト、彼はゆで卵を必ず頼む。分厚いソファに深く沈んで、1ヶ月分の話をする。仕事の愚痴、友達の話、どうでもいいような近況。コメダの椅子は柔らかくて、長く座るのに向いている。時間の流れ方が、他の場所と少し違う。
土曜の昼は栄か金山をぶらぶら歩いた。夕方になると矢場とんの本店か、大須商店街そばのお好み焼き屋か、錦の居酒屋。彼は名古屋めしに本気で向き合った。味仙の台湾ラーメンを「辛い、でもうまい」と言いながら顔を赤くして食べる姿を、私はなぜかいつも見ていた。好きだった、その顔が。
日曜の朝は、またコメダ。
帰りの新幹線の前に飲む、最後のコーヒー。このコーヒーだけが、いつも少し苦く感じた。気のせいだとわかってる。豆も淹れ方も変わらない。でも「帰る」という言葉が空気に混ざると、コーヒーの味が変わった。
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見送りのホームで、セリフがいつも同じになった。
「気をつけて」「うん」「また来るね」「待ってる」
8ヶ月間、ほぼ毎回、同じ順番で。一度だけ順番が変わった時、なぜか泣きそうになった。どうして、とは説明できない。同じでいてほしかった、たぶん。変わっていくことが、その時期の私には少しこわかった。
遠距離がつらいか聞かれると、正直わからないと答えていた。「会えない時間が長い」という重さは確かにあった。でも会える48時間の密度が、近くにいた時とは全然違った。一言一言が濃かった。「最近どう」が、もっと具体的な意味を持っていた。週末が終わった後の月曜朝、私の部屋の空気が少し薄くなったような感じがした。それが嫌だったのか、愛おしかったのか、今でもうまく分けられない。
好きだと思っていた。同時に「これでいいのかな」とも思っていた。両方が本当だった。
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8ヶ月目の秋、東京への転職が決まった。
彼に伝えた時、「来てくれてよかった」と言った後で、少し間を置いて「でも名古屋が好きになった」と続けた。
「コメダのせいで?」
「名古屋のせいで、かな。でもコメダも含めて」
笑った。なんで笑ったのか、うまく説明できない。嬉しかったんだと思う。私がいた街を、私がいなくなった後も好きでいてくれることが。
今は東京で一緒に暮らしている。中目黒の、川沿いではない側のマンション。コメダは最寄りにない。
だから月に1回くらい、二人で名古屋に行く。栄のコメダで朝食を食べて、味仙で台湾ラーメンを食べて、名古屋駅の発車案内板を見上げる。のぞみの名前が並んでいる。
「乗らなくていいじゃん」と彼が笑う。
「乗らなくていいのに来るってことが、好き」と私は言う。
17番ホームに降りる風は、今日も冷たい。でも胃の底は、沈まない。
帰りの新幹線で肩が触れる。それだけでいい。乗らなくていい場所に戻ってくることが、今の私たちの遠距離の続きだ。
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好きだったのは彼だけじゃなかった。見送った後の、あの静かな喪失感まで含めて、全部が恋だったと思う。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。