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恋愛体験談

「私が寂しい」と言った人に、タクシーで帰るしかなかった夜

2回目のデートで終電を逃した夜。「カプセルホテルに泊まれる」と言ったら「それは大丈夫じゃない」と笑われた。好きかどうかより先に、また会いたいと思った。

·橘みあ·6分で読める

映画が終わって、ロビーに出た瞬間のことを今も覚えている。


渋谷のシネクイントは、夜になると照明が少し落ちる。スクリーンの余熱みたいな空気が残っていて、現実に戻ってきたのか戻れていないのか、しばらくわからなくなる。あの感じ。21時半。外はもう冷えていた。


「終電、大丈夫ですか」


彼に聞かれたとき、スマホで路線案内を確認するふりをした。本当は間に合う時間だった。京王線なら22時台でもまだ余裕がある。でも画面を見ながら、少しだけ迷った。


「……少し怪しいです」


口から出てしまった。嘘、というほどでもない。あえて正確に答えなかった、という感じ。自分でも驚いた。そんなこと言う人間じゃないと思っていたから。


「どうしますか」


「もう少しいませんか」


それだけだった。それだけで、映画館の隣にある小さなカフェに、もう一度入ることになった。


---


席についた。窓際の二人用のテーブル。外を路線バスが通り過ぎていく。ガラスに、街の明かりと私たちの輪郭が重なって映っていた。


コーヒーを頼んだ。彼はホットレモネードを頼んでいて、なんとなく意外だと思った。


映画の話をした。ホラーだった。正確にはホラーとも言い切れない、人の悪意が主役みたいな作品で、見終わったあとじわじわ嫌な気持ちになるやつ。


「あのシーン、どう思いました? 主人公が扉を開けるところ」


「怖かった。開けちゃうんだって思って、心臓が——」


「俺は笑えた」


「え?」


「開けるのわかってるじゃないですか、絶対。だからもう笑うしかないというか」


わかる気もした。わからない気もした。


意見が違うのが、面白かった。どっちが正しいとかじゃなくて、ただ、違う。同じ映像を見て、同じ時間座っていて、全然違うものを受け取っている。それが不思議で、少し、うれしかった。うれしい、というより、胸の奥がふわっとした感じ。


「見る人によって、全然違うんですね」


そう言ったら、彼は少し考えてから言った。


「あなたと見るの、面白いですよ」


「……なんで」


「反応が正直だから。怖いとき顔に出る」


見られていたのか、と気づいてカップを持つ手に力が入った。恥ずかしいというより、見つかった、という感覚。隠していたわけじゃないのに、なぜか捕まえられたような。


窓の外、道玄坂の方から人の声が聞こえてくる。金曜の夜の、あの騒がしさ。でもカフェの中は不思議と静かで、私たちの会話だけが浮かんでいるみたいだった。


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23時になった。


スマホの画面が暗くなる。もう間に合わない時間。自分で選んだことなのに、急に少しだけ焦る。


「もうこのまま終電なさそうですね」


彼に言われた。責めているわけじゃなくて、ただ確認しているような声だった。


「そうですね」


「どうします?」


ここだった。たぶん、ここで私は少しおかしなことを言った。


「近くにカプセルホテルがあります、女性専用の。一人で泊まれるから大丈夫です」


大丈夫、と言いながら、大丈夫じゃない何かを感じていた。終電を逃したことじゃない。別のこと。もうすぐここが終わる、という感じ。


彼は少し黙って、それから笑った。


「それは大丈夫じゃないよ」


「……どっちが?」


問い返したら、間があった。短い間だったけど、その数秒がやけに長く感じた。カフェのBGM、確かnorah jonesみたいなゆっくりした曲が流れていて、その音だけが聞こえた。


「私が寂しい」


そう言われた。


胸のあたりが、きゅっとした。きゅっと、というのが正確な表現かわからないけど、他に言い方がない。痛いわけじゃない。でも何かが動いた。


私は笑った。たぶん照れ隠しで。


「じゃあ一緒に泊まりますか」


自分でも驚くくらい、すんなり言えた。嘘みたいに自然に。


「まだ二回目ですよ」


「……そうでした」


「三回会ってから」


三回。なぜ三回なのか聞けなかった。彼の中にある基準が気になったけど、聞いたら何か壊れそうで。それとも聞くのが怖かっただけか。


「じゃあ早く三回目にしましょう」


私がそう言ったら、彼はまた笑った。さっきより少し大きく。


その笑い方が、好きだった。好きというか——まだ好きって言う言葉を使っていいか迷ってた、そのころは。好きかどうかより先に、またこの顔が見たいと思った、という方が近い。


---


結局、タクシーで帰った。


彼が捕まえてくれた、渋谷駅前のタクシー。乗り込む前に「また連絡します」と言われた。また、という言葉の重さを、後から何度も反芻した。また、って言う人は、ちゃんとまた連絡してくれるのか。それとも——。


扉が閉まって、車が動き出した。窓から外を見たら、彼がまだそこに立っていた。手を振るわけじゃなく、ただ見ていた。


タクシーが曲がって、見えなくなった。


三回目のデートは、その週の土曜日だった。


金曜の夜に連絡が来た。「映画じゃないやつにしましょう、また終電逃すと困るので」って。その「また」に、私はしばらく画面を見つめた。


---


あの夜のことを今思うと、たぶん私は最初から帰る気がなかったんだと思う。路線案内を確認するふりをした瞬間から、もうどこかで決めていた。


それが怖さだったのか、期待だったのか、今もよくわからない。両方だったのかもしれない。違うかも、と思いながら、また会いたいと思っていた。その矛盾を、私はずっと抱えたまま土曜日を待った。


終電を逃すことが、全部の始まりになることがある。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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