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恋愛体験談エッセイ

離婚してアプリを始めた、35歳の春

9月の終わり、離婚の手続きが全部終わって荻窪のアパートに一人で帰ってきた夜。空気が違った。翌春、35歳で始めたマッチングアプリで気づいたのは、過去よりいまの自分が見られているということだった。30代の恋愛再出発の体験談。

25歳・女性の体験
·橘みあ·6分で読める

正直に言う。離婚してアプリを始めたのに、全然違った。


離婚の手続きが全部終わって、荻窪のアパートに一人で帰ってきた夜。築11年、2階の1LDK。玄関のドアを開けた瞬間、空気が違った。彼の革靴がない。コートかけに何もない。リビングの隅にあったギターケースも、ソファの上に脱ぎ捨てられていたパーカーも、ぜんぶなかった。


広い、とは思わなかった。がらんとしていた。


冷蔵庫のモーター音が、異様に大きく聞こえた。こんな音、ずっとしてたんだっけ。座る気にもなれなくて、しばらく玄関に立ったまま、その音だけ聞いていた。


また誰かと


「また誰かと付き合えるのか」


その問いが、頭の中にずっとあった。消えなかった。答えも出なかった。離婚した、という事実がまだ自分のものになっていなくて、現実なのに現実じゃないみたいな感覚が、秋から冬を越えてもずっと続いた。


友人と飲んだ。渋谷のワインバーで赤を二杯飲んで笑って帰った。仕事に打ち込んだ。週末、新宿ピカデリーでレイトショーを一人で見た。充実していないわけじゃなかった。でも、なんだろう。布団に入ったとき、部屋の静けさが少しだけ、痛かった。


翌年の春


翌年の春、桜がもう散りかけた頃、友人に言われた。


「アプリ、やってみなよ」


「離婚してたって関係ない。同じ条件の人、たくさんいるから」


その子は結婚していた。三年前に式を挙げて、今は第一子の育休中。悪意はゼロだとわかっていた。だから余計に、いい意味で無責任だな、と思った。羨ましいとか妬ましいとか、そういうのじゃなくて。ただ、少しだけ遠い場所から声をかけてもらっているような、不思議な感じがした。


それでも、帰り道にスマホを触っていた。


アプリをダウンロードして、プロフィールの入力画面を開いて、止まった。


「離婚歴あり」と書くかどうか、一週間迷った。


書かなければわからない。それは本当だった。でも後から知られるのも嫌だった。じゃあ、いつ言えばいいのか。3回目に会ったとき?付き合う前?付き合ってから?その「いつ」を考えるだけで、消耗した。夜中に画面を見つめたまま、何も入力できない日が続いた。


結局、正直に書いた。


「一度離婚しています。同じ経験のある方でも、そうでない方でも、お気持ちのある方にメッセージをいただけると嬉しいです」


送信ボタンを押してから、深く息を吐いた。肩が、少し下がった気がした。隠すためのエネルギーが、要らなくなった。それだけで、思ったより楽だった。


メッセージは来た。離婚経験のある人からも、そうでない人からも、両方から。「私も同じです」という言葉を最初に送ってくれた人がいた。「気にしません」とさらっと書いてくれた人もいた。どちらも、嬉しかった。ただ、種類が違った。


やりとりをしてみてわかったのは、「離婚歴がある」という事実より、「今の自分がどんな人か」の方が、ずっと伝わる、ということだった。過去じゃなく、今を見てもらっている。その感覚が、少しずつ積み重なっていった。


何人かと会った。新宿のカフェ、目黒のレストラン、池袋の居酒屋。それぞれ違う人で、違う会話で、違う空気だった。うまくいかないこともあった。帰り道、山手線の中で「なんか違うな」とぼんやり思いながら、でも「悪い人じゃなかった」と同時に思う、そういう矛盾した夜もあった。


目黒川沿いの夜


一人、話しやすい人がいた。


三回目に会ったとき、目黒川沿いの小さなイタリアンで、彼が言った。


「離婚の話、聞かせてもらえますか」


興味本位じゃなかった。踏み込もうとしているわけでもなかった。ただ、知りたい、という顔だった。


「長くは続きませんでしたが、学びはあったと思っています」と答えた。用意していた言葉じゃなかった。でも、口から出たら、本当のことだった。


「そうですね、私も同じです」と彼は言った。少し間があって、「その経験が今のあなたを作ってるんだと思う」と続いた。


指が止まった。


グラスを持ったまま、次の言葉が出てこなかった。窓の外、川沿いの街灯がオレンジ色に滲んでいた。34歳で離婚した、という事実は変わらない。変えようがない。でも、それがすべてじゃないと言ってもらえた。その一文が、喉の奥のあたりに、じわっと落ちてきた。


付き合い始めて、半年が経った。


35歳で始めた恋愛は、20代のときと確かに違う。重さも違う、でも落ち着きも違う。相手のことをすぐに好きになりすぎない。焦らない。でも、一緒にいることを確認しあう言葉が、自然と出る。「また来週ね」とか、「それ、食べたい」とか、そういう小さな言葉が積み重なっていく感じ。


週末、荻窪の商店街を二人で歩くことが増えた。特に目的はない。あの肉屋でコロッケを買って、熱いまま食べながら、どうでもいい話をする。「冷蔵庫、最近うるさくない?」「え、気にしたことない」「そう?ずっと気になってたんだよね」みたいな、本当にどうでもいい話。


がらんとしていた部屋の冷蔵庫の音が、今はもう気にならない。


「また誰かと付き合えるのか」という問いへの答えは、「できる」だった。ただし、始めてみなければ、わからなかった。


離婚した事実は、終わりじゃなかった。ただの、出来事だった。


過去は変えられないけど、その意味はいくらでも変わる。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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