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恋愛体験談

1年後の恵比寿で、私はまだ「好きかどうか」を確かめようとしていた

マッチングアプリで出会って1年。記念日に特別なことは何もしなかった。それでも、グラスが鳴った小さな音が、ちゃんと耳に届いた夜のこと。

·橘みあ·6分で読める

水曜日の夜、恵比寿駅の改札を出ると、11月の空気が首筋に触れた。冷たいというより、乾いている。駅前のイルミネーションがすでに点いていて、平日なのに人が多くて、私はコートのボタンを一番上まで留めながら、彼女の姿を探した。


「今日1年だね」と言ったのは、私の方が先だった。


彼女は少し目を丸くして、「気づいてたの」と言った。「気づいてるに決まってる」と私は言った。「えらい」と言われた。えらい、の意味がよくわからなかったけれど、コートの袖口を握りながら、まあよかった、と思った。


マッチングアプリで最初にメッセージを送ったのが1年と少し前で、3回目のデートで告白したのが、ちょうど365日前。そう数えると、案外あっけない数字に見える。でも実際の1年は、もっとぐにゃぐにゃしていた。


正直に言う。こんなに続くとは思っていなかった。


最初のデートは渋谷、カフェだった。代官山との境目あたりにある、天井が高くて昼でも薄暗い店。彼女はアイスのラテを頼んで、私はホットのコーヒーを頼んで、テーブルに向かい合った瞬間に、手の置き場に困った。テーブルの上に出したら妙に決意表明っぽくて、膝の上に置いたら緊張がバレそうで、結局コーヒーカップをずっと両手で包んでいた。


「なんかずっとコーヒー持ってますね」と彼女が言った。


「好きで」と答えた。


「私の分も持ちますか」と言われた。


そのくだらない返しで、少し、肩が下りた。笑えた、ということは、少し楽になれた、ということだ。それでもまだ「この人のことをちゃんと好きか」という問いが、ずっと胸の中にあった。好意はあった。会いたいとも思った。でも「ちゃんと好きか」と「いつか終わるかも」が同時にあって、どちらかを潰せないまま、私はいつも少しだけ宙に浮いていた。


付き合い始めて3ヶ月目に、初めてケンカした。些細なことで——私が連絡を返すのが遅くて、彼女が「気になってた」と言った。責めた言い方じゃなかった。ただ「ずっと言えなかったんだけど」という前置きがついていて、それがかえって胸に刺さった。言ってくれてよかった、と思った。言わないまま積み上げられていたら、私は気づかなかった。きっと今ごろ、終わっていた。


そこから何かが変わった。言ってくれる人だとわかったから、こちらも言えるようになった。言葉にしてみると、案外うまく渡せるものがあると知った。


5ヶ月目に京都へ行った。2泊3日。嵐山を歩いて、伏見稲荷の鳥居をくぐって、最終日の朝に二条城の近くの古い喫茶店でモーニングを食べた。木製のカウンターと、年季の入ったコーヒーメーカーと、トーストを運んでくる店主の動作がゆっくりで、時間がのびた感じがした。バタートーストにたっぷりのバターが塗られていて、噛むたびにじゅわっと溶けて、「これ、異常においしくない?」と私が言ったら「異常だよ」と彼女が言って、二人でしばらく黙って食べた。


帰りの新幹線でも、まだその話をしていた。「あのバタートースト、忘れられない」「また行こう」「いつか絶対行こう」。「いつか」という言葉を、お互いに使えるようになっていた。それが当たり前のようで、当たり前じゃなかった。最初の頃の私には、「いつか」という言葉が怖かった。約束は、破れるから。


7ヶ月目に、夜中に一人で泣いたことがある。


仕事でいくつかのことが重なって、体が鉛みたいになっていた時期だった。「今この関係を続けていけるかな」と考えた夜があった。好きじゃなくなったわけじゃない。ただ、自分に余裕がないとき、何もかもが遠くなる。彼女のことも、自分のことも。翌朝、LINEが来ていた。「最近しんどそうだと思って。無理しなくていいよ」。


読んで、奥歯を噛んだ。


何も話していなかったのに、見えていた。それだけで、十分だった。涙が出た。悔しいような、ほっとしたような、その両方が同時に来て、顔を洗いながら鏡の中の自分に「情けない」と言った。情けなくはなかったけれど、そう言わないと崩れそうだった。


恵比寿のイタリアンは、カウンター席が窓に面していて、外の通りを歩く人が見えた。ロングコートの人、急ぎ足の人、立ち止まってスマホを見る人。みんな水曜日を生きていた。


彼女はパスタをフォークで巻きながら、「来年の今日もこうしてたいね」と言った。


私は「こうしてようよ」と答えた。


宣言じゃなかった。お願いでもなかった。ただの、確認。あなたもそう思ってる? 私もそう思ってる。それだけ。


シャンパンを頼んだ。グラスが来て、二人でそっと合わせた。小さな音がした。チン、と一瞬だけ。派手じゃなかった。でもちゃんと、聞こえた。


1年前、私は「ちゃんと好きか」をずっと確かめようとしていた。今思えば、確かめようとしている間も、もう好きだったんだと思う。確信がないことと、好きじゃないことは、違う。それに気づくのに、1年かかった。


好きという気持ちは、燃やし続けるものじゃない。育てるものだ。水をやって、ときどき枯れかけて、でも根っこだけは残っていて、また少し伸びる。そういうものだと、今ならわかる。


隣にいることが当たり前になった。それは冷めたんじゃなくて、別の形になった、ということだ。緊張じゃなく、静けさ。「この人に話したい」「今日あったこと、早く言いたい」——そういう、地味で小さな気持ちが積み上がって、1年になった。


愛情は、たいてい静かな声で届く。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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