花火大会で手をつないだ夜と、翌朝の既読スルー
Pairsで出会った人と隅田川の花火大会に行った。浴衣を着て、屋台でビールを飲んで、花火の音にかき消されるように手をつないだ。完璧な夜だった。翌朝のLINEに既読がついたまま、返信は来なかった。
花火の夜に手をつないだ相手から、翌朝の返信は来なかった。
あの夜のことを思い出すたびに、耳の奥で破裂音が蘇る。隅田川の花火大会。7月の最終土曜日。湿度が高くて、首筋に汗が流れていた。
Pairsで3週間やりとりした人
彼とマッチしたのは7月の頭だった。Pairsのプロフィールに「花火大会に一緒に行ける人がいたらいいなと思ってます」と書いてあった。正直すぎて、逆に好感が持てた。
メッセージのやりとりは3週間。仕事の愚痴、好きな音楽、行きたい場所。Official髭男dismの「Pretender」が好きだと言ったら、「あの曲、カラオケで歌うと喉が死にます」と返ってきて笑った。文章にユーモアがある人だった。
「隅田川の花火、一緒にどうですか」と誘われたのは、やりとりを始めて2週間目。初対面が花火大会って、ハードル高くない?と思ったけど、「行きたいです」と返していた。
浴衣と屋台とビール
当日。浅草駅の改札を出たら、もう人だらけだった。紺色の浴衣を着ていた。朝から美容院で髪をアップにしてもらって、下駄で歩く練習もした。慣れない格好で、足元がおぼつかなかった。
改札の前で彼を見つけた。甚平を着ていて、手にはうちわを持っていた。「あ、浴衣だ」と言われた。
「似合ってますか?」
「うん。……すごく」
少し間があった。その間に、耳がじわっと熱くなった。
人混みの中を歩いた。屋台が並ぶ通りで、焼きとうもろこしの匂いが漂っていた。彼が「ビール飲みます?」と聞いて、屋台でアサヒの生ビールを2つ買った。プラカップのビールを飲みながら、人混みを縫って川沿いに向かった。
場所取りなんてできる状態じゃなかった。立ち見で、周囲は人の壁。隣の人と肩が触れるくらいの距離感。彼との距離は、拳ひとつ分くらいだった。
花火が上がった瞬間のこと
19時。最初の一発が上がった。
ドン、と腹に響く低音。次の瞬間、空が割れた。赤、金、青。光が散って、一瞬だけ彼の横顔が照らされた。見上げている顔が、きれいだと思った。
3発目が上がったとき、右手の小指に何かが触れた。
彼の指だった。
心臓が跳ねた。文字通り、ドクンと一回。指先から手のひらに、じわじわと熱が広がった。
花火の音がうるさくて、何も聞こえなかった。彼の方を見たら、彼はまっすぐ空を見ていた。でも手はちゃんとこっちに向いていた。私はその指に、自分の小指を絡めた。
しばらくして、彼が手全体を握ってきた。汗ばんでいた。彼の手も、私の手も。でも離さなかった。花火の破裂音が体に響くたびに、握る力が少しだけ強くなった気がした。
1時間半、手をつないだままだった。途中で一度だけ目が合って、彼が笑った。私も笑った。何も言わなかった。言葉なんか要らなかった。あの瞬間は完璧だった。
帰り道
花火が終わって、人の波に流されるように浅草駅に戻った。手はまだつないでいた。
駅の改札の前で止まった。「今日、楽しかったです」と彼が言った。
「うん、すごく」
「また、どこか行きましょう」
「行きたい」
改札を通る直前に、手が離れた。指先の温度が、すうっと消えていった。振り返ったら、彼が手を振っていた。浴衣の袖で顔を扇ぎながら、笑っていた。
帰りの電車の中で、手のひらをじっと見た。まだ汗が残っていた。スマホでLINEを開いて、「今日ありがとうございました。花火、きれいでしたね」と送った。既読はすぐについた。「こちらこそ。また行きましょう」と返ってきた。
その夜は眠れなかった。天井を見ながら、花火の残像と、手のひらの温度を何度も反芻した。
翌朝
日曜日の朝10時。「おはようございます。昨日の余韻がまだあります」と送った。
既読がついた。
返信は来なかった。
11時。まだ来ない。昼過ぎ。来ない。夕方。来ない。
スマホを裏返しにして、表にして、また裏返した。何度も。お腹の底が重かった。何か悪いことを言ったかな、と昨日の会話を全部振り返った。思い当たることはなかった。
月曜日の朝も、来なかった。火曜日も。
水曜日の夜に「体調大丈夫ですか?」と送った。既読。返信なし。
そこで理解した。これは返信が遅いんじゃない。返信する気がないんだ。
なぜ彼は消えたのか
理由はわからない。今もわからない。
友達に話したら、「花火大会って非日常だからさ、その場のテンションで盛り上がって、翌朝に冷めるパターンあるよ」と言われた。そうかもしれない。花火の夜は魔法みたいなもので、日常に戻った瞬間に魔法が解ける。
別の友達は「他に本命がいたんじゃない」と言った。それもあり得る。Pairsは同時に複数の人とやりとりできるから。
どちらにしても、私には確かめる術がなかった。ブロックされたわけじゃない。既読はつく。ただ返信が来ない。これが一番きつかった。拒否でもなく、説明でもなく、ただの沈黙。
あの夜の手のひら
隅田川の花火大会は毎年ある。
今年の夏も開催の告知を見た。SNSで花火の写真が流れてくるたびに、右手のひらが少しだけ疼く。あの汗ばんだ感触を、体が覚えている。
彼のことを恨んではいない。ただ、理由を知りたかった。「ごめん、ちょっと違った」でも「他に好きな人がいる」でも、何でもよかった。沈黙だけが、消化できなかった。
花火は一瞬だから美しいんだと、誰かが言っていた。あの夜の手のひらの温度も、一瞬だったから覚えているのかもしれない。
既読がつく幸せと、返信が来ない絶望は、同じ画面の中にある。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。