美術館デートで、作品の見方が全然違う人と話した時間
同じ絵を見て、「悲しい」と言った私に、彼は「広い」と言った。
六本木の国立新美術館は、曲面ガラスの外観がどこか生き物みたいで、私はここに来るたびに自分が小さくなる気がする。
11月の土曜日。待ち合わせは13時、1階のロビー。Pairsで知り合った彼——剛くん、30歳、建築設計の仕事——は私より先に来ていた。黒いジャケットに白いシャツ。待ち合わせ場所を探すふりをしながら、ちょっとだけ遠くから見ていた。立ち方が決まっていた。姿勢がいい。建築の人ってみんなこういう立ち方するのかな、と思った。
「お待たせしました」と声をかけたら、「いや全然」と言いながら微笑んだ。その微笑みが少し照れているようで、かえってほっとした。緊張しているのは自分だけじゃないらしい。
企画展は現代アート。テーマは「空間と余白」。正直、よくわからない系の作品が多いだろうなと思いながら入場した。
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最初の展示室に入って、すぐに一枚の大きな絵が目に飛び込んできた。
縦3メートル近い巨大なキャンバスに、ただひたすら青。濃い青と薄い青がにじんで混ざって、端のほうで少し紫がかっている。タイトルは日本語で「海、夜明けの前」。作家の名前は知らない人だった。
私はその前に立って、5秒くらい黙っていた。
「悲しい絵ですね」と言ったのは、自然に出た言葉だった。
剛くんは隣に立ったまま、絵を見ていた。
「そうですか?俺は、広いと思った」
「広い?」
「海の広さ。夜明け前って、明るくなる直前で一番暗い時間でしょう。そこに全部ある感じがして」
私は改めて絵を見た。悲しいと思っていたのに、広いと言われた途端、そう見えてきた。視点が変わると絵が変わる。同じ青が、突然深呼吸しているように見えた。
「でも私が悲しく見えたのは、この色のせいかも」と言ったら、「どの色?」と聞かれた。「この端っこの、消えそうな青」「ああ、これ。確かに。でも消えそうだから残ってるとも言える」。
わからないけど、わかる気がした。
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次の展示室には、白い部屋に一本の蛍光灯が天井から吊られているだけの作品があった。
「これは何ですか」と私が言った。作品名を見たら「存在と不在の間」とあった。「ますますわからない」と思ったら、声に出ていたらしく、剛くんが笑った。
「建築的に言うと、余白が主役なんです。光と影じゃなくて、その間の空気を見てる」
「建築っぽく見るんですね、何でも」
「職業病かも。でも美術って、見方に正解ないですよね」
「それ、怖くないですか」と私は言った。「正解がないって」
「逆に楽じゃないですか。何を感じても正解なんで」
私は少し考えた。正解がないから楽、という発想が、自分にはなかった。私はいつも正解を探すくせがある。答え合わせしたくて、答えがないと落ち着かない。
「でも、悲しいと広いが両方正解なら、会話にならないですよね」と私が言った。
剛くんが少し考えた。「違うと思うけど、どちらも本当だから、話せる。正解が一つなら、確認するだけになる」。
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3枚目の展示室には、赤い点が無数に並んだ大きな布が掛かっていた。近づくと一つ一つの点が丁寧な手仕事で描かれているとわかる。「根気ですね」と私が言ったら、「それだけじゃなくて、完成しないことを前提に作ってる感じがする」と剛くんが言った。「どういうことですか」「点がどこで終わるか、決まってないみたいで。いくらでも増やせる」「作り続けることが作品ということ?」「かもしれない」。
その見方は、私には思いつかなかった。
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展示を一通り見終えて、3階のカフェでコーヒーを飲んだ。窓から東京タワーが見えた。夕方の光を受けて、赤と白が鮮やかだった。
「全部で何枚見ました?」と剛くんが言う。
「数えてなかった。20枚くらい?」
「俺も数えてなかった。でも全部で意見が違いましたね」
「全部ですか?」
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「たぶん。でも似てるところもあった」
「どこが?」
彼は少し考えて、「色に反応するところ。俺は形で見て、あなたは色で見る気がした」と言った。
そんなこと、自分では気づいていなかった。人に言われて初めて、「そうか、私は色から入るのか」と思った。
「あなたと美術館来るの、面白いですよ」
コーヒーカップを持ったまま、その言葉を受け取った。褒められたとも、好きと言われたとも違う。でも何か、胸のあたりがじんわりした。窓の外で、東京タワーが夕暮れの中でオレンジに染まり始めていた。
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帰り際、エントランスで彼が「また来ますか、どこか」と言った。美術館でも、別の場所でも、どちらとも取れる言い方だった。
「来ます」と私は答えた。
見方が違う人と並んで同じものを見る。それがこんなに話になるとは、思っていなかった。正解がない場所では、むしろ違いが会話になる。
同じ青を見て、私は悲しいと思い、彼は広いと思った。どちらも正しくて、だからこそ話が続いた。
解釈が一致しないとき、人は最もよく話す。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。