32歳、「この時間が無駄になる」という恐怖に気づいた夜
30代の恋愛が怖いのは、失恋そのものじゃない。あの人のために使った時間が、帳消しになる感覚。その正体に気づいたとき、少しだけ息ができた。
去年の秋、代官山の蔦屋書店で三時間待った。
「少し遅れる」という連絡から、既読がつかなくなるまでの三時間。コーヒーを二杯飲んで、文庫本を一冊読みきって、それでも私はベンチから立てなかった。帰れなかった、というほうが正確かもしれない。
結局その人は来なかった。ドタキャンの連絡は翌朝だった。「ごめん、急に体調が」——それ以上は読まなかった。
二十代だったら、たぶん泣いて、翌日友達に電話して、一週間後には「ひどいよね」と笑い話にできていた。でも三十二歳の私が最初に思ったのは、泣くことでも怒ることでもなかった。
*三時間、か。*
それだけだった。
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その人と知り合ったのは、共通の友人の飲み会だった。会ったのは五回。LINEのやり取りは四ヶ月続いた。
「週末どうしてる」「この映画気になってる」「最近何食べた」——他愛もない会話が積み重なって、私はその人のことを毎日少しずつ考えるようになっていた。
仕事の合間に、電車の中で、眠れない夜に。
四ヶ月分の「少しずつ」は、計算したくもないくらいの時間になっていた。
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翌週、大学時代からの友人と恵比寿で飲んだ。
「なんかさ」と私は言いかけて、グラスに口をつけた。
「なんか?」
「怖いんだよね、最近。恋愛が」
友人は少し眉を上げた。「失恋が?」
「違くて。失恋そのものじゃなくて、なんか……」
言葉がうまく出てこなかった。白ワインを一口飲んで、もう一度探した。
「時間? みたいな」
「時間」と彼女は繰り返した。
「うん。その人に使った時間が全部、無駄になる感じ。失恋より、そっちが怖い」
言葉にしてみて、初めてわかった。これだ、と思った。ずっと正体がわからなかった、胸の真ん中にある重さの名前。
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二十代のころの失恋と、今の恋愛への怖さは、たぶん構造が違う。
二十代は、傷つくことが怖かった。フラれることが怖かった。でも心のどこかに「まあ、また出会いはある」という根拠のない確信があった。時間は無限にある気がしていた。失恋しても、春になればまた誰かと出会える、そういう感覚。
三十代になると、それが変わった。
仕事のことを考える、友人の結婚が増える、体力が変わる、親が少し老いる——いろんな変化が重なって、時間というものが急にリアルになってくる。二十代のように「いくらでもある」と思えなくなる。
そうすると恋愛の計算式も変わってくる。
「この人と付き合えたら」という期待よりも先に、「この人のために時間を使って、うまくいかなかったら」という計算が走る。四ヶ月、半年、一年——その時間を天秤にかけてしまう。
怖いのは、失恋じゃない。
投資した時間が、回収できなくなることへの恐怖だった。
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でも、そこまで気づいたとき、もう一歩先のことを考えた。
「時間が無駄になる」という言い方、少し変じゃないか?
代官山で過ごした三時間。蔦屋書店のソファで読んだ文庫本は、川上未映子の『夏物語』だった。あの静かな午後に、私はその本を最後まで読んだ。電車の中で彼に送ったリンクの映画は、後で一人で観に行って、すごくよかった。四ヶ月の「最近何食べた」のやり取りの中で、私は赤坂のある小さなタイ料理屋を知った。今も月に一度は行く。
あの時間の中で起きたことは、全部消えてなくなったわけじゃない。
「無駄」という言葉を使うとき、私は何かを証明しようとしている気がする。あの人を好きになったことには、それに見合うだけの「結果」が必要だ、と。付き合う、結婚する、形になる——そういう何かが返ってこないと、使った時間が浮かばれない、みたいな。
それって、かなり窮屈だ。
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三十代の恋愛が怖くなった理由は、時間が有限になったからじゃなくて、時間を「無駄にしてはいけないもの」と思い始めたからかもしれない。
二十代のとき、時間を気にしなかったのは、余裕があったからじゃなくて、時間をそんなふうに使うつもりがなかっただけだ。恋愛は消費するものじゃなくて、ただ生きていたら起きることだった。
その感覚を、どこかで失っていた。
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蔦屋書店で過ごした三時間、私は泣かなかった。本を読んでいた。窓の外の紅葉を見ていた。コーヒーが冷めても、もう一杯頼んだ。
来なかった人を待ちながら、私はちゃんとそこにいた。それを「無駄な時間」と呼ぶには、少し違う気がしてきた。
怖いままでも、また誰かを好きになると思う。うまくいかないことも、きっとある。その度に「この時間が」と思う自分も、たぶんいる。
でも、その計算をしている私自身が、今ここにいる時間を生きているのはたしかだ。
好きになった時間は、うまくいかなくても、なかったことにはならない。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。