32歳だからダメだと思っていた。でも刺さらなかったのは年齢より、無難すぎるプロフィールだった
同僚がPairsで彼氏を作った。翌日、私もダウンロードした。「年齢フィルターで弾かれてるんだ」と2ヶ月信じていた。でも本当の原因は「読書が好きです。映画も好きです。よろしくお願いします」のプロフィールだった。
隣の席の同僚が、昼休みのオフィスでさらっと言った。「Pairsで彼氏できた」。10月の火曜日、窓の外は曇りだった。
「え、マジで?」
声が思ったより大きく出て、周りの席がちらっとこっちを見た。32歳、広告代理店のコピーライター。恋人なし、歴2年。同僚は私より3つ下の29歳で、3ヶ月前に「アプリ始めた」と言っていた。3ヶ月で彼氏。
帰りの丸ノ内線で、スマホをいじりながら考えた。29歳と32歳。3つしか違わないのに、アプリの世界では別カテゴリなんだろうな、と。改札を出て、家に着いて、シャワーを浴びて、ベッドに入って。Pairsをダウンロードしたのは、その日の23時だった。
「読書が好きです。映画も好きです。よろしくお願いします」
登録は15分で終わった。
写真は2年前の友達の結婚式で撮ってもらったもの。ちゃんとメイクしてたし、ドレスも着てたし、悪くないはず。自己紹介文は、こう書いた。
「読書が好きです。映画も好きです。よろしくお願いします」
3行。所要時間、30秒。
最初の週は4件マッチした。「意外といけるじゃん」と思った。メッセージを開いたら、4人とも「はじめまして!よろしくお願いします!」。私のプロフィールについて何か触れてくれる人は、ひとりもいなかった。
2週間後、4人全員と会話が途切れた。「お仕事何されてるんですか?」「広告です」「すごいですね!」「ありがとうございます」。ここで終わる。広がらない。毎回同じパターンで会話が失速して、画面の向こうで相手が飽きていくのがわかった。
「年齢のせいだ」と思い込んだ2ヶ月
1ヶ月目。マッチング数が減ってきた。新規のいいねが週に2件になった。
Pairsの検索設定で年齢フィルターを確認した。多くの男性が上限を「30歳」や「29歳」に設定している、という記事をどこかで読んだ。32歳。フィルターで弾かれてる。そういうことか、と。
2ヶ月目。いいねを自分から送るようにしたけど、マッチング率は10%以下。10人に送って1人返ってくればいい方。同僚は3ヶ月で彼氏ができたのに、私は2ヶ月でマッチすらまともにできない。
夜、ベッドの中でスマホの画面を見ながら、何度も思った。32歳だから。年齢がネックだから。それが一番わかりやすくて、一番楽な結論だった。
同期に言われた一言
転機は、同期の美和との飲みだった。神楽坂の小さなワインバー。2杯目のシャルドネを注文したあたりで、アプリの愚痴を言った。
「年齢フィルターで弾かれてる気がする」
「ふーん。プロフィール見せて」
スマホを渡した。美和は画面をスクロールして、5秒くらい黙って、グラスをテーブルに置いた。
「これ、コピペで送れそうだよね」
は?
「読書が好き、映画が好き、よろしく。これ30歳の子が書いても27歳の子が書いても同じ文章じゃん。年齢以前に、あんたがどういう人かが1ミリも伝わらない」
ワインを飲み込んだ。喉の奥が少し熱かった。ワインのせいだと思いたかったけど、違った。
「コピーライターでしょ? 言葉で飯食ってるのに、自分のプロフィールが一番手抜きって、どうなの」
返す言葉がなかった。グラスの縁を指でなぞりながら、頭の中で自分のプロフィールを反芻した。読書が好きです。映画も好きです。よろしくお願いします。確かにこれは、誰のことも説明していない。
書き直した夜
帰宅して、酔いが残ったまま自己紹介文を全部消した。
「読書が好き」を消して、「桐野夏生の小説が好きで、特に『OUT』のラストの台詞がいまだに頭から離れない」と書いた。「映画も好き」を消して、「是枝監督の作品をひとりで観に行って、帰り道に余韻を引きずる時間が好き。スクリーンが明るくなった瞬間の、あのちょっとした寂しさが好きなのかもしれない」と書いた。
仕事のことも加えた。「広告代理店でコピーライターをしています。人の心を動かす言葉を考える仕事なのに、自分のことを説明する言葉が一番見つからない。この自己紹介文も、たぶん5回は書き直してます」。
写真も変えた。結婚式のフォーマルな1枚じゃなくて、代官山のカフェのテラスで友達に撮ってもらった。日曜の午後、自然光の中で笑っている横顔。1時間かけて撮って、自然に見える1枚を選んだ。自然に見せるために1時間かかる矛盾。でもそれでいい。
変わったのは年齢じゃなかった
プロフィールを変えた翌週。いいねが週2件から7件に増えた。
届くメッセージの中身が決定的に変わった。「桐野夏生お好きなんですね、『OUT』以外だと何がおすすめですか?」「是枝監督だと『海よりもまだ深く』が好きです」「コピーライターって、どういうときにアイデアが降りてくるんですか?」。
全部、私のプロフィールの具体的な部分に引っかかったメッセージだった。「はじめまして!よろしくお願いします!」だけのメッセージは、ほぼ来なくなった。
年齢は1日も変わっていない。32歳のまま。変えたのはプロフィールの文章と写真だけだ。
「年齢のせいにしたかった」という苦い話
正直に書く。プロフィールを書き直してマッチング数が増えたとき、嬉しさと同時に、苦い感覚があった。
2ヶ月間、「32歳だからダメなんだ」と思っていた。年齢のせいにしていた。そうすれば自分の努力不足を認めなくて済むから。プロフィールが手抜きだったことを、年齢という変えられないものの陰に隠していた。
美和に「コピーライターなのに」と言われたのが効いたのは、図星だったからだ。言葉のプロのはずなのに、自分を売り込む言葉だけは30秒で済ませた。クライアントの商品だったら絶対にやらないことを、自分に対してやっていた。
年齢フィルターで弾かれるケースがゼロだとは言わない。あるだろう。でも、フィルターを通り抜けた先で、「読書が好きです。よろしくお願いします」のプロフィールを読んで「この人に会いたい」と思う人がいるか。いない。
弾かれていたのは年齢じゃなくて、中身だった。
吉祥寺の夕方
37人目に会った彼が、今の彼氏だ。
吉祥寺のカフェで待ち合わせた。少し遅れて来た彼は、「すみません、乗り換え間違えました」と言いながら席に座った。38歳、4月生まれ。是枝監督の話で2時間盛り上がって、帰り際に「また飯でも行きましょう」と言われたときの、彼の声が少し上ずっていた。
年齢フィルターの上限を36歳にしていたら、この人には出会えなかった。でも、もっと前に、プロフィールを書き直していなかったら、そもそもマッチすらしていなかった。
32歳でアプリを始めることに、後ろめたさがあった。今でもゼロにはなっていない。でも年齢のせいにして2ヶ月を浪費したことの方が、ずっと後悔している。年齢は変えられない。でもプロフィールは今夜にでも変えられる。
美和に言われた「コピペで送れそうだよね」が、まだときどき耳の奥で鳴る。あれはたぶん、この2年で一番効いたコピーだ。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。